これから育成が必要な人材は、ダルい秀才?元気なバカ?

2021年(令和3年)が始まって早くも1ヶ月が経ちます。

あと2ヶ月ほどで4月となり、日本企業には新入社員が入社して来ます。

昨年からのコロナ禍の影響で、新卒採用を見送った企業もありますが、多くの企業は数こそ減らしても採用自体は行っています。

各企業とも独自の採用基準や理想の人材像を持ち、優秀な人材をできるだけ多く確保したいと、毎年採用活動に注力しています。

ただ、「優秀な人材」、「必要な人材」の基準というのは各社で統一されたものではなく、あいまいな概念です。

 

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ダルい秀才と元気なバカ、どちらを採用すべき?

突然ではありますが、ここ数年個人的にずっと考えているのが、

「ダルい」秀才と「元気な」バカ(言葉はきついですが、決して悪意を込めてはいません(笑))、

どちらが企業、さらには社会にとって必要な人材なのかということです。

こう書くと、

「そんなの、たとえダルい奴でも秀才の方が必要に決まってるだろ!」

というお叱りの声が殺到しそうです。

「秀才」と「バカ」、確かに言葉として並べてみれば、「秀才」が5回裏でコールド勝ちを収めてしまう感じです。

会社で社会人として仕事をするにしても、一流大学を出て隙のない秀才と比べ、バカの方が圧倒的に不利な立場にあります。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

 

優秀でも『ダルい』人は、世の中に結構多い!

私が社会人になってから二十数年経ちますが、職場の内外で様々な人と関わってきました。

中には、超有名大学を卒業した人、頭が切れて仕事が「できる」人も多くいました。

ただ、そういう人たちの全員が人間的魅力のある人とは限りませんでした。

性格に難のある、いわゆる「ダルい」人も結構存在していました。

「ダルい」とは、どことなく覇気がなかったり、物言いが「上から目線」的だったり、他人を思いやる気持ちがなく自己中心的だったり・・・といった具合で、一緒に仕事をしたくないタイプの人を指します。

 

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ダルい秀才は本当に実績を上げているのか?

「そんなの、どこの会社や組織でもゴロゴロいるよ。でも、会社なんて結果を出してナンボ。嫌な奴でも、仕事ができる人間が優秀と判断されて、出世するんだよ!」

という意見をお持ちの方も多いでしょう。

しかし私の個人的主観では、そういう人たちが必ずしも、本当の意味の「実績」を上げているとは思えませんでした。

中にはゴマスリで役職者に気に入られたり、部下をこき使って出した成果を勲章に出世したりという、典型的な人もいました。

また、強引な仕事ぶりで短期的には実績を残しても、「焼畑農業」的なスタイルのため、その人の去った後には何も残らず、後任の人が苦労するということもありました。

 

仕事ができても、ダルさが災いして足を引っ張る場合も!

反対に、仕事はできても「ダルさ」が足を引っ張り、思うような昇進を果たせない人もいました。

役員など経営陣から疎まれてしまうのです。

飛び抜けて能力が抜きん出ている人ならともかく、他人より少しばかり優れている程度では、出世レースから弾かれてしまうこともあります。

また、一緒に働く同僚や部下などから人望を得られず、周囲のやる気・協力を引き出せないというマイナスも起こります。

こういうタイプの人たちの多くは、概してある一定の段階で昇進も頭打ちになります。

かなりの地位まで上り詰めても、たとえば総務や企画といった中枢・花形のエリート部門とは無縁で、いわゆる本流・主流派には入れてもらえない人もいます。

 

ダルい人の存在は、組織に負のオーラをもたらす!

また個人的に致命的だと思うのは、そういった人たちの存在が会社・組織の空気(=雰囲気)を何となく暗く重く、嫌な感じにしてしまうからです。

「ダルい」人の持つ「負のオーラ」のようなものは、結構強い伝染力があります。

そういう空気が支配的な会社・組織は活気がなくなり、大きな改革にもなかなか取り組めないのではないでしょうか。

 

元気で人当たりのいいバカは、伸びしろを持っている!

それに対し、いわゆる「バカ」でも元気があり、他人と良好な関係を築ける人間、すなわち

「愛されるバカ」

は、入社してからの教育や経験、本人の努力によって良い方向に変化できる「伸びしろ」を持っています。

「愛されるバカ」、「愛すべきバカ」に対しては、周囲の人間も世話を焼いたり尻拭いをしてやろうという気持ちになるものです。

「元気な」バカは、時には後先考えず突っ走ってしまうこともあるでしょう。

しかし邪気さえなければ、そういう人間もある程度いる方が、会社・組織の雰囲気が良くなり、風通し良い環境になると思います。

 

ダルい秀才たちが、バブル後の日本をダメにしてきた?

平成初期、すなわち20世紀終盤のバブル経済崩壊以降、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛されていた日本企業の大部分が、はっきり言って凋落・停滞局面の真っ只中にあります。

日本の国民性に似合わない「成果主義」や「グローバル主義」をアメリカから丸パクリして、窮地を脱しようとしましたが、約30年後の現在も「ナンバーワン」には返り咲けていません。

21世紀の初め頃、

「失われた10年」

という言葉がマスコミで好んで使われました。

しかし、もう「失われた30年」が間近に迫っています。

全く個人的な意見ですが、日本の企業や役所が「ダルい」秀才たちによって支配されてきたことが、原因の一つだと考えています。

 

最後に・・・。

「バカ」は矯正できますが、「ダルい」はなかなか治せません。

大人になってからは一層困難です。

秀才をかき集めるのも結構ですが、日本の企業・組織には「ダルくない」バカをもっと積極的に採用して欲しいと思います。

多少頭の回る人間など、そのうちAI(人工知能)に置き換え可能となるのですから・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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