京都では、なぜ銀行よりも信用金庫が強いのか?

2020年(令和2年)から続いているコロナ禍に伴い、法人・個人事業主ともに資金繰りが苦しくなったのは、言うまでもありません。

日本中の金融機関が昨年春以降、貸出を大幅に増加させたり、返済の猶予を行うなどしてきました。

当初は短期間の

「緊急措置」

のはずでしたが、一年をとっくに過ぎた2021年(令和3年)7月末時点でも、コロナ禍は収束の兆しが見えません。

 

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貸す側の金融機関も、経営が厳しい中で生き残りに必死!

貸す側の金融機関の方も、元々

「マイナス金利」

「増税不況」

などで経営環境は厳しくなっていました。

メガバンクですら、大きな危機感を抱いていました。

地方銀行や第二地銀、信用金庫や信用組合が今後の生き残り策を模索していたのは、至極当然です。

コロナ禍が始まって以降も、全国各地の中小金融機関の合併・業務提携のニュースが、マスコミで多数報じられています。

 

都道府県によっては、地銀そして『信金』がメガバンクを圧倒!

東京を始めとする、人口が多く商工業が栄えている都道府県では、やはりメガバンクの力は圧倒的です。

しかし一部の都道府県では、地元の地方銀行がメガバンクの攻勢に負けず、地域で優勢を保っている例があります。

例えば静岡県では「静岡銀行」、

長野県では「八十二銀行」、

岐阜県では「大垣共立銀行」

が県内随一の勢力を有しています。

そして、京都府では銀行よりも

信用金庫

の方が優位に立っているのです。

 

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二大信用金庫の店舗・ATM網が強い!

もちろん京都府にも三菱UFJ、三井住友、みずほの三大メガバンクは進出しています。

さらに、近畿圏に地盤を持つりそな銀行も支店を持っています。

そして、「京都」の名を冠した

京都銀行(通称「京銀」)

も存在します。

京銀は、京都府の指定金融機関となっています。

しかし、京都府内では信用金庫の勢力の方が強いのです。

京都中央信用金庫

は、その中でもトップと言って差し支えありません。

京都にはもう一つ

京都信用金庫

もあり、若干紛らわしいです。

それぞれ「中信」、「京信」という通称で呼ばれることがほとんどです。

京都府の郊外はもとより、京都市内でも中信や京信の支店はよく目にします。

電車の駅構内などでも、中信や京信のATMが多数設置されています。

京都のテレビ局KBS京都や、大阪のテレビ局でも、流れるCMは京都銀行よりも京都中央信用金庫の方が多い印象があります。

 

京都市内に転居した友人は、新しく信金に口座を開いた!

私の小学生時代からの友人から、以前次のような話を聞きました。

その友人は数年前、仕事の関係で京都市山科区に引っ越しました。

当然、田舎ではありません。

友人は、

「家の近所に、メガバンクかりそなの支店くらいはあるだろう。」

と思っていたそうです。

ところが、いざ転居して近隣を歩いてみると、メガどころかりそなの支店すら見つかりません。

ネットで調べてみると、どこも最寄りの支店はかなり離れた場所にあります。

毎回コンビニで引き出しや預け入れをするわけにもいかないので、友人はやむなく近所の信用金庫の支店に、新しく口座を開設したとのことでした。

 

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京都は『商人・職人の街』。信用金庫の方が親近感あり?

なぜ京都では信用金庫の方が力が強いのか、素人の私には正しい答は分かりません。

ただ、あくまで個人的な推測ですが、二つの理由が考えられます。

一つ目は、京都は

「商人や職人の街」

であるという点です。

京都には

「京セラ」

「日本電産」

「村田製作所」

など世界的知名度のある企業が、いくつも本社を構えています。

しかし最初は、どこも単なる零細企業でした。

現在も京都府には、隣の大阪府に劣らないほどの中小企業が存在します。

伝統工芸品や伝統食品などを扱う法人・個人企業が多いのが特色です。

信用金庫は大抵、地域の商工業者たちの出資による互助組織が母体となっています。

京都でも、信用金庫や信用組合(成り立ちは信金と同様)が地域金融の重要な担い手だったのでしょう。

商売人たちにとって、信用金庫には親近感や信頼感が強いのではないでしょうか。

 

用がなくなれば去っていく『よそ者』への警戒感が強い?

二つ目は、京都人及び京都企業がメガバンクに代表される

「よそ者」

の法人・個人を、警戒感を持って見ているのではないかという点です。

以前ある本で読んだのですが、同じお店に出入りする営業マン・営業ウーマンでも、京都育ちだったり学生時代から京都に住んでいる

「京都に根付いている人」

とそうでない人では、営業成績がかなり違ってくるということでした。

また、同じ業種の会社でも、昔から京都で活動してきた所と、東京など他の地域から急に進出してきた所とでは、前者の営業担当者の方が扱いがいいそうです。

景気のいい時は各地から様々な企業が進出してきたが、不景気になり利益が見込めなくなると皆簡単に撤退してしまった・・・という例は、京都に限らず日本中にあります。

京都の人々や会社は、そういう会社・人間に対しての警戒心がかなり強いと、その本の執筆者の一人(京都生まれ京都育ち)は語っておられました。

 

最後に・・・。

もちろん、全ての京都人・京都企業が常に上記のようなことを考えているはずはありません。

しかし、

戦国時代の幾多の戦乱

幕末の動乱

東京への首都移転による凋落

昭和末期のバブル景気とその崩壊

を経験してきた京都の街には、

「世の中は移り変わる、確かなことなど何もない。」

「よそ者を簡単に信用してはならない。」

といった意識が伝統あるいは遺伝子として残っているのかもしれません・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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