ブラジル人サッカー選手の登録名が面白い!

2022年(令和4年)11月に中東のカタールで開催された

FIFAサッカーワールドカップ カタール大会

は、南米の雄アルゼンチンの3回目の優勝で幕を閉じました。

毎回のように優勝候補に挙げられる、南米のもう一つのサッカー大国ブラジルは、準々決勝(ベスト8)でクロアチアにPK戦で敗れました。

2002年(平成14年)の日韓大会で、5回目の優勝を果たして以来、20年間優勝から遠ざかっていました。

今回も、ジュール・リメ杯(優勝トロフィー)には届きませんでした。

 

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ブラジル人選手のフルネームは長く、愛称が登録名に!

しかし、ブラジル人サッカー選手はヨーロッパを始め、世界中の様々なリーグで活躍しています。

今回のブラジル代表も、ヨーロッパの名門・強豪クラブでプレーしている選手がほとんどでした。

ブラジル人には、フルネームが非常に長い人が多いです。

そのためでしょうか、

あだ名・愛称が登録名になっている選手

がかなり多いです。

「サッカーの神様」ことペレや、Jリーグでも活躍したジーコが登録名であることは、有名な話です。

今回は、登録名に関し面白いエピソードを持つブラジル人選手を、二人紹介します。

 

ミューレルはトヨタカップで大活躍!W杯にも3回出場!

皆様は

「ミューレル」(Müller:1966年1月31日〜)

という選手をご存知でしょうか?

1988年〜1991年までは、イタリア・セリエAのトリノに在籍。

ブラジルに戻り、古巣のサンパウロFCに復帰すると、1992年と1993年には南米クラブ王者を決める

リベルタドーレス杯

連覇に貢献。

両年のトヨタカップ(現:クラブワールドカップ)でも大活躍。

FCバルセロナ(スペイン)、ACミラン(イタリア)を破る原動力となりました。

1995年(平成7年)には、Jリーグの柏レイソルに移籍するも、家族のホームシックを理由に数ヶ月で退団してしまいました。

ブラジル代表としては、

1986年メキシコ大会

1990年イタリア大会

1994年アメリカ大会

に出場しました。

 

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ライバル国の点取り屋に憧れて・・・。

このミューレルという名前も、本名のどこにもありません。

完全な登録名です。

本名は

ルイス・アントニオ・コレイア・ダ・コスタ(Luiz Antonio Correia da Costa)

という、長い名前です。

「ミューレル」は、どこから来ているのでしょうか?

それは、ルイス少年が小学生の頃に遡ります。

ブラジルでは、ワールドカップは国を挙げて熱狂するイベントです。

1974年(昭和49年)のW杯では、開催国の西ドイツ(当時)が見事優勝に輝きました。

西ドイツ代表のFWとして大活躍したのが、

Der Bomber(爆撃機)

の異名を持つ

ゲルト・ミュラー(Gerhard Müller:1945年11月3日〜2021年8月15日)

でした。

幼いルイス少年は、ライバル国の点取り屋であるミュラーの大ファンとなりました。

 

プロデビューの際も、昔からの愛称のまま・・・。

以降、ルイス少年は友人達とサッカーをしている時、

「僕はミュラーだ!」

と言いながらプレーしていました。

そのため、友人達から

「ミューレル」(Müllerのポルトガル語読み)

という愛称を付けられました。

後にプロサッカー選手としてデビューする際、普通なら

「ルイス・アントニオ」

のように登録するはずです。

ところが、愛称の「ミューレル」で選手登録したのでした。

そのおかげかどうかは分かりませんが、本家ゲルト・ミュラーの名に恥じない一流選手となれたのでした。

 

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ACミランで輝いたファンタジスタ、カカー!

2000年代前半〜2010年代前半に海外サッカーのファンだった方は、ブラジル代表だった

「カカー」(Kaká:1982年4月22日〜)

の名前をご存知でしょう。

サンパウロFCで頭角を現し、2003年〜2004年シーズンにイタリアの名門

ACミラン

に移籍。

2006年〜2007年シーズンには、

欧州チャンピオンズリーグ優勝

を経験。

また同年、世界最優秀選手賞

「バロンドール」(Ballon d‘Or)

にも輝きました。

2009年〜2010年シーズンには、これまた超名門であるスペインの

レアル・マドリー

に移籍。

ブラジル代表としても、ワールドカップ

2002年日韓大会

2006年ドイツ大会

2010年南アフリカ大会

に出場。

2002年大会では、1試合の出場(途中出場)に留まりましたが、W杯優勝を経験しました。

 

愛称は、弟の言葉がきっかけだった!

このカカーも、本名は

リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ (Ricardo Izecson Dos Santos Leite)

と、大変長いです。

ちなみにブラジルでは、「ヒカルド」に近い発音となります。

なぜ「カカー」という愛称が付いたのか?

それは、彼の弟がきっかけです。

リカルド少年は、よく弟のジゴン(Digao、元サッカー選手)を連れて、友人達と遊んでいました。

その際、幼かったジゴンは、兄リカルドの名前をうまく発音できませんでした。

どの言語でもあることですが、発育途中の幼児は、特定の音をうまく発音しにくい時期があります。

ジゴンもそうで、「リカルド」と言えず

「カカー」

と呼んでいました。

それを聞いていたリカルドの友人達も、いつの間にか「カカー」と呼ぶようになりました。

そして、それがミューレル同様、プロデビュー時の登録名として使われました。

 

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イタリア移籍時、愛称が問題に!

実はポルトガル語では、「カカー」は

「Cacá」

と表記されていたそうです。

しかし、2003年夏にACミランに移籍する際、この愛称が問題となりました。

イタリア語に

「cacare」(あるいは「cagare」)

という動詞があります。

日本語訳すると、

「大便をする」

という意味です。

この「cacare」(または「cagare」)の三人称単数形が

「caca」(「caga」)

となり、「Cacá」と発音が非常に似ていたのです・・・。

「cacca」(「大便」)

という名詞もあり、こちらの発音とも似ています・・・。

ミランの関係者は、頭を抱えました。

いっそのこと、違う登録名にしようという意見も出たそうです。

そこで誰かが、ある妥協案を考えつきました。

「c」「k」に代えて、

「Kaká」

とすれば、何とかなるのではないか?

結局その案が採用され、ミランの新加入選手

「Kaká」

が誕生しました。

 

クラブの心配をよそに、大活躍!

「それでも、他のクラブのサポーターからからかわれないか?」

と、クラブ側は心配していました。

ところが、それは全くの杞憂に終わりました。

カカーは1年目からレギュラーポジションを確保。

2003年〜2004年シーズンのセリエA優勝に、大いに貢献しました。

自らの活躍で、相手サポーターたちを沈黙させたのでした。

 

最後に・・・。

他にも、ブラジル人サッカー選手の登録名には、変わった面白い由来がたくさんあります。

皆様も、興味のある選手の名前の由来を調べてみてはいかがでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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