アンドレア・ピルロはプライドを捨て世界最高のレジスタに!

海外サッカーファンの方なら、

「アンドレア・ピルロ」(Andrea Pirlo:1979年5月19日~)

の名前をご存知のはずです。

現役時代はイタリアのACミランやユヴェントスで活躍。

2003年と2007年には、ミランで欧州チャンピオンズリーグ優勝を経験しました。

イタリア代表としても、2006年ドイツ・ワールドカップでの優勝に貢献。

2017年に現役を引退、2020年8月からはユヴェントスの監督に就任しました。

 

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世界最高の『レジスタ』だったが、実は・・・。

中盤の底で攻撃の基点となる

「レジスタ」(regista:イタリア語で「演出家」を意味する)

として、世界最高と称されていました。

しかし、実はピルロはプロデビューしてしばらくは、同じ中盤でもFWのすぐ後ろ、

「トップ下」

のポジションでプレーしていました。

テクニックや得点力、チャンスを造る能力に秀でた、いわゆる

「ファンタジスタ」

と呼ばれるタイプの選手だったのです。

 

名門インテルへ移籍も、出番がなくレンタル移籍の日々・・・。

1998年-1999年シーズンには、セリエA(一部リーグ)の名門

インテル・ミラノ

に移籍を果たしたのですが、ここでピルロは挫折を味わいます。

世界中からスター選手が集まるインテルでは、若手のピルロはほとんど出場機会を得られませんでした。

フィジカル(身体の強さ)が弱かったことも災いしました。

1999年-2000年シーズンにはレッジーナ、2000年-2001年シーズンにはブレシア(プロデビューしたクラブ)へのレンタル移籍を経験しました。

ブレシアへのレンタル時には、ファンタジスタの先輩とも言うべき、天才ロベルト・バッジョとも一緒にプレーしました。

その際には、中盤の底でプレーしていました。

 

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移籍したミランでも控えに・・・。ある時、監督に直訴!

そして2001年-2002年シーズンには、同じミラノを本拠とするACミランへ移籍。

しかしミランもインテル同様、世界各国の代表選手が所属するスター軍団です。

トップ下のポジションには、ポルトガル代表のスター、ルイ・コスタが君臨していました。

ここでも出場機会に恵まれなかったピルロは、シーズン途中から新しく監督に就任した

カルロ・アンチェロッティ(後にミランで2回、レアル・マドリーで1回、欧州チャンピオンズレリーグを制覇)

に直訴したそうです。

「トップ下のポジションにはこだわりません。他のポジションでもプレーするんで、試合に出してください。」

アンチェロッティは、ピルロがブレシアでプレーしていた中盤の底で、ピルロを起用してみることにしました。

このことが、ピルロのサッカー人生を大きく変えることとなりました・・・。

 

レジスタへのコンバートで、才能が全面開花!

ポジションのコンバート(転向)で、今まで充分に発揮されていなかったピルロの才能が、見事に開花することとなりました。

第一に、ピルロはファンタジスタだけあって、ボールキープに長けていました。

味方ディフェンダーからボールを受けたり、相手選手からボールを奪うと、滅多にボールを奪われることがありませんでした。

ピルロがボールを保持して時間を稼ぐ間に、ディフェンス陣は守備陣形を整えることができました。

また攻撃の選手たちも、相手陣内へ走り込み、攻撃への動作を行うことができたのです。

第二に、ピルロはフリーキックの名手としても知られている通り、足元のテクニックも優れていました。

ロングパスとショートパスを巧みに使い分け、前方の味方に正確にパスを送る能力(フィード能力)も超一流でした。

トップ下と違い、相手からの激しいマークやフィジカル・コンタクトも少なかったため、持ち味を存分に発揮できたのです。

 

相棒ガットゥーゾの存在も大きかった!

ミラン及びイタリア代表でチームメイトとなり、中盤でコンビを組んだ

ジェンナーロ・ガットゥーゾ

の存在も、ピルロにとっては大きいものでした。

テクニックは大きく劣っていましたが、「闘犬」とあだ名される激しい守備を武器にボールを追いまくったガットゥーゾのおかげで、ピルロは守備の負担が軽減され、文字通り

「ピッチ上の演出家」

としての仕事に注力できたのです。

 

完璧なキャリアを全う。しかし、ポジション変更には葛藤も?

2011年~2015年はユヴェントス、2015年~2017年にはアメリカMLS(メジャーリーグサッカー)のニューヨーク・シティーでプレーした後、現役を引退。

クラブと代表の両方で頂点に立ち、文句の付けようのないキャリアを全うしました。

それにしても、トップ下からのポジション変更を自ら志願したことで、ピルロのキャリアが大きく拓けたことは興味深い話です。

トップ下と言えば攻撃にほぼ専念でき、ゴールやアシストなど目立つ機会の多い

「華やかな」

ポジションです。

一方、中盤の底と言えば、それほど目立たない

「地味な」

ポジションです。

ピルロとしても、すんなりとポジションを変えようという考えに至ったかは定かではありません。

 

最後に・・・。

しかし、プライドを捨てて監督に直訴したことで、

「世界最高のレジスタ」

という別次元の選手へと成長できたのです。

「プライドを捨てれば浮かぶ瀬もある。」

という教訓は、サッカーとは全く無縁の人々(もちろん私もその一人)にも非常に有益なものだと言えるでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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