吉田美和の義父「ガンジー」の歌を、インド人の歌と混同していた!

皆様は、昔何気なく聴いた歌で、曲名も歌手名も分からないのになぜか覚えている、という経験をお持ちでしょうか?

21世紀の現代は、本当にありがたい時代です。

そういった昔のおぼろげな記憶を頼りに、インターネットで色々検索すれば、詳しい内容が画面上に表れます。

「そうそう!思い出せなかったのは、これだったんだ!」

と大喜びすることが私には時々あり、このブログにもそうした経験を基にした記事を、いくつか書いています。

 

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子供の頃にカーラジオから流れて来た曲は・・・。

私が小学校高学年~中学生の頃、両親(だったと思います)とどこかへ行くために車に乗っていた際、カーラジオからは色々な歌が流れて来ました。

その時に流れていたある曲のことを、一昨年くらいまで30年を超える間ずっと覚えていました。

曲名も歌手名も分からず、歌詞の一部とメロディーだけが頭の片隅に残っている状態でした。

「生まれつき だまされやすい 女のタイプだと~」

「おお 君は スローダンサー 踊れ~」

という部分だけでした。

その曲を聴いたのも、カーラジオで聴いた一回きりだったはずです。

ただ、なぜかは分かりませんが、ずっと覚えていました。

 

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大人になり、世紀も変わった三十数年後・・・。

時間は流れ、私も当然ながら成長、大人になり社会人となりました。

その曲を聴いた当時は「パソコン」という言葉はなく、「マイコン」が世の中に出始めた辺りだったと思います。

成人してしばらくしてから、パソコンの基本OS「Windows 95」が日本でも発売され、社会現象となりました。

それからさらに20年が過ぎ、世の中はパソコンはもとよりスマートフォンが当たり前の社会となっていました。

そんなある日、ふと「あの曲」のことを思い出しました。

そして、

「インターネットに覚えてる歌詞を入力して検索すれば、どんな曲か分かるのでは?」

と遅まきながら気付きました。

早速、検索エンジンに歌詞の一部(上記の通り)を入力してみました。

すると、検索結果の表示画面には様々なサイトがズラリと並んでおり、驚きました。

そして、ついに曲の詳細が判明しました。

 

まさしく自分の覚えていた曲だった!

曲名は

「スローダンサー」。

覚えていた部分に「おお 君は スローダンサー~」とありましたが、これが曲名だったのです。

歌手の名前は

「ガンジー(Gangy)」。

沖縄出身のシンガーソングライターで、本名は糸数元治(もとはる)。

「元治」を音読みして「ガンジー」としたそうです。

Youtubeに「スローダンサー」がアップロードされている(公式ではない)のを知り、聴いてみました。

イントロの後、「生まれつき だまされやすい~」との歌が流れてきたので、

「これこれ!この歌だ!」

と大げさでなく歓喜しました。

 

CD化されておらず、隠れた名曲となってしまった!

この曲は1982年(昭和57年)に発表され、いわゆる「スマッシュヒット」となったそうです。

しかし、当時はまだCD(コンパクトディスク)が発売される少し前でした。

以降も現在に至るまでCD化されておらず、中古レコードを入手するかYoutubeで聴くしか方法はありません。

Youtubeのコメント欄などには

「カラオケで探しまくったが、この曲は見つからなかった。」

という内容が多数ありました。

 

ガンジーの元妻、息子もミュージシャン!義理の娘はあの・・・。

ちなみにこのガンジーの元妻は、シンガーソングライター・女優の

「りりィ」(故人)。

1974年(昭和49年)の「私は泣いています」が大ヒット。

私もこの曲は、大人になってからラジオで聴いたことがあります。

二人の間に生まれた息子の鎌田樹音さんは、「JUON」という芸名で、バンド

「FUZZY CONTROL」

のリーダー・ボーカル・ギターを務められています。

「この人の名前、どこかで聞いたような・・・。」

という方も多いでしょう。

この鎌田樹音さんの妻は、

「ドリームズ・カム・トゥルー」

のボーカル、あの吉田美和さんです。

二人は2012年(平成24年)に結婚しました。

ということは、ガンジーは吉田美和さんの義理の父に当たるわけです。

 

一時期、この曲はインド人歌手の曲かと思っていた!

これで昔からの謎(?)が解けてめでたしめでたし・・・といけば良いのですが、実はまだもう一人の登場人物がいます。

子供の頃「スローダンサー」を聴いて、しばらくした頃の一時期、この歌を歌っていたのが

「チャダ」

だったのではないかと思っていました。

「チャダって誰?」

とお思いの方が大多数でしょう。

 

インド人初の演歌歌手『チャダ』とガンジーを混同していた?

「チャダ」の本名は、サラブジット・シン・チャダ(Sarabjit Singh Chadha)。

1975年(昭和50年)8月に、日本初のインド人演歌歌手(二人目以降がいるのか不明です)としてデビューしました。

デビュー曲「面影の女(ひと)」は、何と作詞が山口洋子さん、作曲が猪俣公章さんという、超大物による曲でした!

この曲は10万枚を超えるヒットとなりました。

チャダはシングル4枚、アルバム2枚を発表しましたが、就労ビザの問題でやむなくインドに帰国。

帰国後に貿易会社を設立し、ビジネスでも成功を収めました。

21世紀に入り、アメリカ人演歌歌手「ジェロ(JERO)」の「海雪(うみゆき)」がヒットしたことで、チャダの元に日本のマスコミからの取材が増え、チャダ本人にも再び脚光が当たりました。

それを契機に、2008年(平成20年)に再来日し再デビューを果たしました。

10代の頃の私は、チャダについても詳しくはありませんでしたが、「インド人の演歌歌手」としての認識はありました。

これもなぜかは分かりませんが、

「『スローダンサー』はチャダの曲だったのでは?メロディーも演歌っぽかったよな・・・。」

と、記憶の中でガンジー(当時は名前も知らず)とチャダを混同してしまっていました・・・。

 

最後に・・・。

人間の記憶は、あいまいでいい加減なものです。

もし現在のようにインターネットが発達していなかったら、私はガンジーとチャダを明確に区別できないまま、この世を去っていたかもしれません。

ガンジーさん、チャダさん、長い間ゴッチャにしててすいませんでした・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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