渡辺美里は現在も元気に活躍!50歳中年オヤジは断固支持!

皆様の中には、音楽ファンの方が沢山いらっしゃるでしょう。

そして、長年に渡り特定のミュージシャンを応援なさっている方も多いはずです。

ただ、音楽の世界は

「売れなければ消えて行く」

厳しい世界です。

ファンになったミュージシャンがいつの間にか表舞台から去っていく、ということも多いです。

ミュージシャンが長い間最前線で活動してこそ、ファンも同じく長期間応援を続けられます。

 

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10代半ばから『渡辺美里』のファンに!

私も10代半ばから邦楽・洋楽を本格的に聴き始めましたが、その頃から36年間に渡ってファンを続けているのが

渡辺美里さん(以下「美里」)

です。

美里の存在を初めて知ったのは、1985年(昭和60年)のことです。

このブログで以前記事に書いた通り、私はラジオの深夜放送を熱心に聴いていました。

大阪の毎日放送(MBS)で毎日午後10時から放送していた

「ヤングタウン」(通称ヤンタン)

の大ファンでした。

 

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ヘッドホンでラジオを聴く女性

 

1985年4月から、水曜日のパーソナリティーに美里が加入したのでした。

長年水曜日を担当なさっていたメインの原田伸郎さん、新加入の北野誠さん(当時は「MAKOTO」という芸名)、MBSの金指誠アナウンサー、そして美里の4人体制でした。

 

番組加入1ヶ月後にレコードデビュー。楽しく番組を聴いていたが・・・。

4月はまだレコードデビューしておらず、翌月5月2日にシングル

「I’m free」(映画「フットルース」サントラ収録曲のカバー)

でデビュー。

美里自身ライブなどで、デビューは大阪で迎えたことを時々語っています。

そして同年10月に1stアルバム

「eyes」

をリリース。

当時は私もレコードを買う金銭的余裕はなく、ヤンタン水曜日でかかった曲を聴くだけでした。

伸郎さんやMAKOTOさん、金指アナの「W誠」コンビともすぐに馴染んでいき、トークもどんどん面白くなりました。

「ヤン水」は毎週楽しみにしていました。

しかし、美里はわずか一年で「ヤン水」を卒業してしまいます。

1986年1月に発売されたシングル

「My Revolution」(ドラマの主題歌にもなりました)

が大ヒットし、一躍時の人になった美里のスケジュールが合わなくなったのでしょう。

「歌手 渡辺美里」のファンとしては、美里がスターへと駆け登って行くのは大変うれしく思いました。

しかし、「ヤン水」のファンとしては、一抹の寂しさを覚えました・・・。

 

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そこから美里の快進撃がスタート!絶頂期を迎えた!

1986年(昭和61年)7月には二枚組2ndアルバム

「Lovin’ you」

をリリースし、大ヒットを飛ばしました。

この頃はちょうどCD(コンパクトディスク)が広く普及し出した頃で、私も「Lovin’ you」及び「eyes」をCDで購入しました。

それらのアルバムは、今でも手元に残っています。

以降も次々とヒット曲、ヒットアルバムを出し、1980年代後半~1990年代中盤はセールス面で絶頂期でした。

私は、当時はライブには一度も行きませんでしたが、アルバムは全て発売直後に買って聴いていました。

 

1990年代後半、日本の音楽シーンが大きく変化!美里たちにも逆風が・・・。

私が社会人となってしばらくした1990年代後半以降は、日本の音楽シーンがどちらか言うとバンド中心、または大物プロデューサー中心へとシフトして行った時期でした。

美里や他のソロシンガー、特に中堅世代でT.K(小室哲哉)らのファミリーに属していない歌い手たちにとっては、向かい風が吹いていた時代と言ってもいいでしょう。

私を含むデビュー当時からの美里ファンとしては、小室哲哉さんは「My Revolution」の作曲者としてのイメージが強く、

「何が小室ファミリーだ!小室こそ『美里ファミリー』の一員だったんじゃないのか?」

などと、複雑な思いを抱いていました。

 

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美里は『歌うたい』としての底力で、21世紀も生き残った!

しかし、そうした逆風の時期を越え、21世紀になっても生き残ったことが、美里の

「歌うたい」

としての底力の大きさを物語っています。

私は残念ながら一度も観に行けませんでしたが、西武所沢スタジアムでのライブも2005年(平成17年)まで20年連続で開催。

その後も「美里祭り」を毎年開催するなど、ライブも精力的に行いながら、シングルやアルバムも定期的に発表しました。

そして、2015年(平成27年)5月にはデビュー30周年を迎えました。

5月2日の大阪城野外音楽堂でのライブには、私も嫁と二人で観に行きました。

自分が10代の頃から応援してきたミュージシャンが、30年の長きに渡り第一線で活動し、自分の目の前で熱唱していることに、大きな感慨を抱いたのを今でも覚えています。

 

最後に・・・。

本来なら2020年(令和2年)は、美里のデビュー35周年をお祝いする年のはずでした・・・。

しかし、コロナ禍のため全国各地のライブはことごとく中止。

今年2021年(令和3年)も、色々なスケジュールが変更を迫られています・・・。

だが、美里ファンは決して挫けたりはしません。

ワクチン接種の普及によるコロナ収束(完全な『終息』にはまだまだかかりそう・・・)の暁には、これまで美里がため込んできたエネルギー・パワーを爆発させて、我々ファンを熱狂させるライブパフォーマンスを見せてくれるものと信じています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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