無名人の「真実」より有名人の「フェイク」が重視される?

1990年代終盤以降、日本を含む世界中でインターネットが加速度的に発展していった(現在もしている)のは、周知の事実です。

そして、21世紀に入ってからブログ、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムなど様々なコミュニケーションツールが生み出されました。

自分の意見を発信することは、もはや限られた人間だけの特権ではなく、誰でも可能となりました。

それ自体は非常に喜ばしいことです。

 

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ネット社会の拡大には、光と影の両方が存在する!

この10年ほどの世界の動きをざっと見ても、インターネットやSNSを起点とした大きな流行(トレンド)が創出されたり、草の根の市民運動が一国の政治・経済に影響を及ぼしたりしています。

共通の趣味または悩みを持つ見知らぬ人々が、互いの知識や苦悩を共有する

「良い意味でのネットワーク」

も、地域や国境を越えて簡単に築けます。

しかし、物事には全て「光」があれば「影」もあります。

SNSを中心とした他人(全く会ったことのない人間)への誹謗中傷、フェイクニュースや偽情報の大規模な拡散、個人情報の漏洩や不正利用など、20世紀には存在しなかった問題が我々を取り巻いています。

 

『何を』言うかよりも、『誰が』言うかに重きが置かれる?

そんな中で個人的に危惧しているのが、意見や情報の中身、つまり

「『何を』言うか」

に重点が置かれるのではなく、意見や情報の元、つまり

「『誰が』言うか」

が重視される傾向が、日本やアメリカなどで見受けられることです。

本来、人の人気や信用というものは、その人の意見の深さや正確性、面白さなど

「話の内容」

によって高まっていきます。

情報についても「正確性」、「根拠」が最重要点です。

 

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トンチンカン、世論誘導、不正確、嘘・・・、有名人・公人の発言がオカシイ!

「そんなこと、わざわざ言われなくても分かる!当たり前だろ!」

とお叱りを受けそうです。

しかし、日本国内に限っても、その当たり前の原則が成り立たなくなっていると感じることが多いのです。

文化人や元政治家、その他よく分からない人たち(「インフルエンサー」であったり、「カリスマ投資家」であったり、とにかく色々な人たち)が、様々な事柄について「自分の」意見を述べます。

しかし、

① 全くの的外れである

② 意図的に世論を一定の方向へ誘導しようとする

③ そもそも根拠がなく、不正確あるいは「虚偽」である

といった場合が多いのです。

民間人だけに限らず、国会議員や地方議員、地方自治体の首長など「公人」と呼ばれる人間にも、この類の発言を繰り返す人が割と多くいます。

 

オカシイことを言うほど、メディアなどで注目される不思議・・・。

そういう人間たちがテレビ・ラジオや新聞・雑誌、インターネットの世界で厳しく糾弾され、駆逐されていくなら納得がいきます。

しかし不思議なことに、そういう人間ほど注目を浴び、各メディアで取り上げられる傾向にあります。

そして、メディアにアクセスする人間(我々のことです)が

「この人が言うんだから間違いない。」

「あの人の言うことにも一理あるよな。」

という具合に、無批判に信用したり称賛してしまうようになりがちです。

100%完全で常に正しい人間など存在しません。

意見や考え方については、各々のものについて是々非々を判断すべきです。

その中で、信用できる部分や同意できる部分が多い人間を支持するというのが、自然であり真っ当です。

しかし、そうした

「信用できる」

「同意できる」

要素が全くなさそうな人間が、例え一部のメディア・地域限定であっても大きな支持を受け、重宝される例が多く、驚いてしまいます。

 

謝罪や訂正をしない『言いっ放しボンバー』はしぶとく生き残る!

以前このブログで

「言いっ放しボンバー」(私の造語)

に関する記事を書きました。

根拠なく不正確な(場合によっては意図的に虚偽の)情報や意見を言いまくりながら、間違い(あるいは嘘)が露見しても謝罪や訂正をほぼせず、しばらくするとまた同じような発言を繰り返す政治家や文化人たち、またはその言動を「言いっ放しボンバー」と命名しました。

中にはメディアや世間から飽きられるか見捨てられ、姿を消す人間もいますが、多くはゾンビ並のしぶとさで生き残っています。

関連記事

皆様は、「言いっ放しボンバー」という言葉をご存知でしょうか?ご存知なくて当然です。私の完全な造語です。プロレスの技っぽく聞こえますが、違います(笑)。 [adcode]言いっ放しボンバーの定義と[…]

テーブルに並ぶマイクの列

 

アメリカは『真実がフェイクに敗れる』社会になっている?

海の向こうの超大国アメリカでは、トランプ前大統領が世界最強の「言いっ放しボンバー」の達人でした。

公式の場やツイッターでの発言のほとんどが、前述の①~③に当てはまっていました。

昨年の大統領選挙では敗れた(本人は未だ認めていませんが・・・)ものの、数千万人のアメリカ国民が支持して投票したことは事実です。

つまり

「トランプが言っている」

こと自体が重要で、トランプが

「何を言っているか」

やその正確性などどうでもいい、と考えているアメリカ人が多数存在するということです。

こうなってしまえば、いくら他の人間が

「正しいこと」

を言ったり書いたりしても、注目されることはありません。

「真実がフェイクに敗れる」

という事態が少なくとも過去4年間、アメリカではまかり通ってきたのです。

 

日本も確実にアメリカを後追いしている?

ただ残念なことに、我々日本国民もアメリカのことを笑っている資格はありません。

第二次安倍政権発足から2021年現在に至るまでのおよそ10年間、日本社会もアメリカ同様

「注目を浴びる者、声の大きい者」

が発する言葉なら、例え

「嘘」

「不正確」

「不適切」

であっても受容され、それらに対する至極真っ当な批判は、封じられるか黙殺されるかのどちらかでした。

「アベノミクス」

「一億総活躍社会」

「復興五輪」

「原発はアンダーコントロール(制御されている)」

などの言葉がさして批判・問題視されずにやり過ごされて来ました。

日本社会も既に

「真実がフェイクの前に敗れ去る」

社会になっています・・・。

 

最後に・・・。

今後もこの状況が変わるかについては、個人的には期待していません。

道徳心にあふれる

「美しい国」

だった(はず)の日本は、

「言ったモン勝ち」

「嘘ついたモン勝ち」

「騙したモン勝ち」

の「Rogue Nation」(ならず者国家)への道を突き進んでいるように思えてなりません・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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