天才脚本家のライバル対決、市川森一vs長坂秀佳!

世の東西を問わず、人間が集まればそこに

「ライバル関係」

が生まれます。

人間同士だけでなく、組織同士にも当てはまります。

スポーツ界や芸能界では特に、無数のライバルたちがしのぎを削っています。

芸能界に属する

「脚本家」

にも、そうしたライバル関係は存在します。

今回紹介したいのは、

市川森一さん(1941年4月17円〜2011年12月10日)

長坂秀佳さん(1941年11月3日〜)

の関係です。

 

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特撮やドラマの名作を多数執筆!大河ドラマの脚本も!

市川森一さんについては、ご存知の方が多いでしょう。

若かりし頃は、円谷プロの

「ウルトラセブン」

「帰ってきたウルトラマン」

「ウルトラマンA」

をはじめとする、特撮番組や子供番組で大活躍。

1970年代からは一般ドラマにも進出。

「太陽にほえろ!」

「傷だらけの天使」

といった伝説的ドラマにも参加。

1978年(昭和53年)には、NHKの大河ドラマ

「黄金の日日」(城山三郎さん原作)

の脚本を担当。

その後も、

「港町純情シネマ」

「淋しいのはお前だけじゃない」

大河ドラマ

「山河燃ゆ」(山崎豊子さん原作)

「花の乱」(オリジナル脚本)

など、数々の名作・大作ドラマの脚本を執筆なさいました。

 

コメンテーターとしても活躍、勲章も受章!

テレビドラマだけでなく、映画や舞台の脚本、小説も執筆。

また、日本テレビ系の情報番組

「ザ・ワイド」(1993年〜2007年)

で、コメンテーターを務めていらっしゃいました。

こちらの印象が強いという方も多いはずです。

2003年(平成15年)に紫綬褒章

2011年(平成23年)に旭日小綬章

を受章。

しかし、同2011年12月10日逝去。

 

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特撮・刑事ドラマファンから熱狂的支持!

一方、長坂秀佳さんについては、市川さんほど一般的な知名度は高くありません。

しかし、マニアックな特撮ファンや刑事ドラマファンからは、熱烈な支持を受けている脚本家です。

1970年代に、テレビドラマ

「刑事くん」や

特撮ヒーロー物

「人造人間キカイダー」

「キカイダー01」

「快傑ズバット」

などで頭角を現しました。

一般ドラマでも、伝説の刑事ドラマ

「特捜最前線」(1977年〜1987年)

で、メインライターの一人として、約500話中100話超の脚本を担当。

その後も

「都会の森」

「七人の女弁護士」

「刑事・野呂盆六シリーズ」(2時間ドラマ)

「棟居刑事シリーズ」(2時間ドラマ、森村誠一さん原作)

などの名作・ヒット作を多数執筆なさっています。

 

小説で江戸川乱歩賞を受賞!ゲームソフトの原作・脚本も!

また小説家としても、1989年(平成元年)に

「浅草エノケン一座の嵐」

で、第35回江戸川乱歩賞を受賞。

そして、変わったところではゲームソフト

「弟切草」(おとぎりそう)

「彼岸花」

の原作・脚本も手掛けられています。

 

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同い年、同世代デビュー、同じ作品で脚本執筆!

ところで、

「なぜ、この二人がライバルなのか?」

と疑問をお持ちの方も、多数いらっしゃるでしょう。

まず第一に、お二方とも1941年(昭和16年)生まれで、学年も同じです。

そして第二に、脚本家デビューも

市川さんが1966年(昭和41年)

長坂さんが1968年(昭和43年)

と、近い時期です。

第三に、市川さんと長坂さんは、同じ作品で脚本を執筆なさったことがあります。

1971年(昭和46年)9月〜1976年(昭和51年)11月まで、TBS系で放送された刑事ドラマ

「刑事くん」

で、市川さんは第三部の初めまで、長坂さんは第四部(最終話も執筆)まで、脚本家として参加なさっていました。

「帰ってきたウルトラマン」

では、市川さんが6本、長坂さんが1本の脚本を担当。

「ウルトラマンA」

でも、市川さんが7本、長坂さんが3本を担当なさっています。

まさに、ライバルと呼んで差し支えないでしょう。

 

長坂さんの方に、強いライバル意識?

長坂さんは、あるインタビューでのアンケートで

「ライバルは誰?」

の欄に

「どうしようもなく市川森一」

と回答なさっています。

また、ご自身を宮本武蔵、市川さんを佐々木小次郎に例えられています。

市川さんの方は、長坂さんを

「盟友」

として意識なさっていたようです。

しかし長坂さんは、市川さんを「盟友」かつ

「最大のライバル」

として、常に意識なさっていたように感じられます。

 

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エリートvs叩き上げの構図?

同じ脚本家でも、市川さんは

日本大学藝術学部(いわゆる「日芸」)映画学科シナリオコース

を卒業。

映画・テレビ界では、エリートコースです。

一方の長坂さんは、家庭の事情で大学進学を断念。

高校卒業後に愛知県から上京し、しばらくプラスチック工場で勤務。

後に東宝撮影所に入社しますが、脚本家となるのは数年後のこと。

まさしく

「叩き上げ」

の人です。

上記のアンケートでも、

「師匠は?」

の欄に

「いない。どうせ大学出てないから。」

と回答なさっています。

脚本家デビュー以前に、学歴による待遇の格差に苦しまれたであろうことは、想像に難くありません。

長坂さんの脚本には(特に「特捜最前線」)、非エリートのエリートに対する反感・恨みが満載です。

市川さん個人には何の恨みもなかったでしょうが、大学卒でいわば

「王道」

を歩む市川さんを、エリートの代表として見ていたとしても不思議ではありません。

 

二人とも反骨漢、だからこそ一生の友人に!

ただ、そんなご両人が生涯の盟友だったのは、まず一点目に

ご両人とも、天才的な才能の持ち主だった

から。

二点目は、ご両人とも

反骨精神が旺盛で、おかしいことはおかしいとズバリと言う性格

だったからでしょう。

市川さんは、「ウルトラマンA」のメインライターでした。

しかし、ご本人の意図に反して、番組のコンセプトが大幅に変わってしまったことに憤り、メインライターを降板されました。

「ザ・ワイド」のコメンテーターとしても、今で言う

「忖度」

は全くなさいませんでした。

政財界絡みの事件・不祥事に対しても、色々な

「大人の事情」

で口をつぐむことなく、ビシャっと一喝なさっていました。

長坂さんも、江戸川乱歩賞受賞の際、選考委員のいい加減な選考姿勢にはっきりと異論を述べられました。

そして、しばらく小説から遠ざかっています。

また、制作・製作サイドと意見が対立し、途中降板なさったこともありました。

そういう意味では、ご両人とも決して世渡り上手ではありません。

むしろ、不器用だったと言えます。

だからこそ、作風は全く違えど、一生の友人として付き合えたのだと思います。

 

最後に・・・。

市川さんが亡くなられて、間もなく11年になります。

長坂さんは、今も現役でご健在です。

2020年(令和2年)10月〜2021年(令和3年)3月にテレビ朝日系で放送された

「24 JAPAN」

の脚本も手掛けられました。

しかし、ストーリーに様々な制約が課せられていたらしく、長坂さんの持ち味が全く出せなかったはずです。

視聴率も低空飛行のまま、ひっそりと終了しました・・・。

長坂さんには捲土重来のため、再び

「特捜最前線」並みの硬派な刑事ドラマ

を執筆していただきたいと、切に願います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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