さらば「テアトル梅田」!ミニシアターの明日はどっちだ?

2022年(令和4年)9月30日を持って、大阪市北区のミニシアター

「テアトル梅田」

が、32年の歴史に幕を閉じました。

関西にお住まいで、映画に関心のない方でも、梅田茶屋町の

「梅田LOFT」地下1階の映画館

と聞けば、

「LOFTの下に映画館あった!」

と思い出されるはずです。

 

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バブル末期に開館。茶屋町30年の生き証人!

「テアトル梅田」は、1990年(平成2年)4月に開館しました。

時はバブル末期で、茶屋町エリアが再開発され始めた頃です。

それから32年、茶屋町の変化を見つめ続けてきた

「生き証人」

とも言えます。

32年間で、のべ2000本以上の作品を上映してきました。

私自身は、合計で30本ほど、「テアトル梅田」で映画を観ました。

もっと多くご覧の方も、多数いらっしゃるでしょう。

ただ私にとっては、思い出深いミニシアターです。

 

初めて観たのは、ティム・バートン作品!

記憶を呼び起こすと、初めて「テアトル梅田」で観た作品は、

1995年(平成7年)の

「エド・ウッド」(ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演)

でした。

「マイナー映画だから、空いているだろう。」

と高を括っていましたが、行ってみると満員でした。

最初の5分ほどは、立ち見で観ました。

ところが、一人の観客がカバンを持って席を立ち、出て行ったのです。

私は運良く、その席に座ることができました。

当時は、座席指定はまだなかったはずです。

全回入れ替えも、なかったかもしれません。

前の回で開映に間に合わなかった人が、最初の見逃した部分だけ観て、出て行ったのかもしれません。

 

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21世紀に入ってから、よく通うように!

その後、1996年(平成8年)の

「ユージュアル・サスペクツ」(ブライアン・シンガー監督、ケヴィン・スペイシー主演)

も観ました。

しかし以降は、数年間御無沙汰していました。

よく通うようになったのは、21世紀に入ってからでした。

その頃は大阪市内で一人暮らしをしていたので、家から30分弱で行けたのです。

気になる作品がなければ、一年近く行かないこともありました。

反対に、興味を惹かれる作品が立て続けに上映され、月に2〜3回行くこともありました。

 

観客はマナーが良く、マニア的なオーラが・・・。

ミニシアター全般に共通することですが、観客のマナーが非常に良いのが、印象に残っています。

上映中にあれこれ喋ったり、携帯電話を鳴らしたり、ゴミを置いて行ったりといったことは、ほぼ目撃したことがありません。

また、本編が終わってもすぐ席を立つ人も、ほとんどいませんでした。

エンドロールが終わり、場内が明るくなってから席を立つのが、普通の感じでした。

客層は、年齢層がかなり高めに感じました。

ですが、若者も意外と多かったです。

ただ、老いも若きも皆、

「映画には一家言持ってるよ。」

という感じのオーラを漂わせていました。

かく言う私も、周囲の客からは同じように思われていたかもしれません・・・。

 

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過去の名作のリバイバル上映も多かった!

「テアトル梅田」では新作だけでなく、懐かしの名作をリバイバル上映することもよくありました。

このブログで以前紹介した

「ジョニーは戦場へ行った」も、ここで観ました。

 

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他にも、

「太陽がいっぱい」

「蜘蛛女のキス」

が印象に残っています。

 

コロナ禍が、ミニシアターの運命を・・・。

「テアトル梅田」を含む、全国のミニシアターの運命を大きく変えたのは、間違いなく2020年(令和2年)初めからの

「コロナ禍」

です。

大手のシネコンですら、大きなダメージを受けました。

全国のミニシアターにとっては、まさに存続の危機だったはずです。

私も2020年以降、「テアトル梅田」で映画を観る機会はありませんでした。

私が最後にここで観た作品は、コロナ禍直前の2019年(令和元年)秋に公開された

「マイ・フーリッシュ・ハート」

でした。

 

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大阪の有名ミニシアターにも、受難の時期・・・。

2022年10月現在、大阪で頑張っているミニシアターで思い浮かぶのは、

梅田の「シネ・リーブル梅田」(テアトルシネマグループが運営)

十三の「第七藝術劇場」

九条の「シネ・ヌーヴォ」

心斎橋の「シネマート心斎橋」

くらいでしょうか。

どの劇場も映画ファンにはおなじみです。

しかし、コロナ禍の影響をモロに食らった後遺症は大きいでしょう。

客足がコロナ禍以前並に戻っても、元々ミニシアターの運営は、資金不足との闘いです。

楽になることは、考えにくいところです。

また、映画をネット配信で観る人口の増加も、映画館、特にミニシアターには大きな敵となります。

 

最後に・・・。

大阪に限らず日本各地で、老舗のミニシアターが次々と廃業しています。

どこも、全く客が入らないわけではありません。

熱心な映画ファンが一定数、定期的に足を運んでいます。

しかし、それだけではもはや、ミニシアターを支えていくことはできなくなっています。

良い映画を上映する、志の高い劇場が、苦境に追い込まれる・・・。

その現実を見せつけられると、寂しくなってしまいます。

ミニシアターはこれから、どこへ進んで行くのでしょうか・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

興味がございましたら、こちらもお読みください。

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