大阪市の黒歴史「フェスティバルゲート」伝説

その他(夫)

大阪市民、大阪府民以外で「フェスティバルゲート」を知っている人は、どれくらいいるでしょうか。

現在の大阪市民、大阪府民でも、若い世代では知らない人の方が多いでしょう。

そもそも「フェスティバルゲートって何?」という質問が返ってくるかもしれません。

フェスティバルゲートは、大阪市の第三セクター事業だった!

「フェスティバルゲート」とは、1997年(平成9年)7月18日開業、2007年(平成19年)7月31日事実上の閉業という、10年しか続かなかった複合型商業娯楽施設です。

この場所は、大阪市浪速区恵美須町の「大阪市交通局 市電天王寺車庫」があった所です。つまり、路面電車の車庫でした。

日本中がバブル景気に浮かれていた1989年(平成元年)、車庫の跡地が二分割され、一方に「フェスティバルゲート」、もう一方には、超大型スーパー銭湯ともいうべき「スパワールド」が建設されることとなりました。

両施設は、同日にオープンしました。

土地信託方式(当初は2020年3月まで)の事業で、総工費が約500億円という鳴り物入りの事業でした。

第三セクターのフェスティバルゲート株式会社が運営主体となっていました。

滑り出しは順調だったが・・・。

最大の売りは、建物の中央部分(吹き抜けになっていました)を貫いて通っているジェットコースター(外部からもレーンが丸見え)などの、娯楽施設でした。そして、レストランや映画館などが併設されていました。

平たく言えば、「遊園地+ショッピングモール」でした。

開業初年は、物珍しさから多くの入場者を集め、入場者数は800万人を超えました。

しかし、翌年以降はアジア通貨危機に端を発した不況(前年1997年には、山一証券や北海道拓殖銀行が倒産しました)の影響で、入場者数は減少し続け、営業成績も右肩下がり・・・。年間入場者数も、4年で半分未満(約300万人)に落ち込みました。

打開策としてプロレス団体「大阪プロレス」を誘致したり、NPOと組んで文化・芸術事業を行ったりしました。

しかし、いずれも不発に終わりました・・・。

2004年(平成16年)2月、事業に関わっていた信託銀行三行の撤退表明により、フェスティバルゲート株式会社は倒産しました。

累積赤字約200億円は、第三セクターの親玉である大阪市が肩代わりしました。

その後、紆余曲折を経て現在の姿に・・・。

その後、オリックスが支援を表明しましたが、しばらくしてオリックスは支援撤退を表明しました。

2008年(平成20年)に、韓国系企業が入札において落札しましたが、期限内に大阪市と契約を締結しなかったため、これまた話が白紙に・・・。

最終的に2009年(平成21年)、パチンコ店大手の「マルハン」が競売で落札しました。2014年(平成26年)にパチンコ店がオープン。翌2015年(平成27年)に同店舗2階に「MEGAドンキホーテ」がオープンし、現在に至ります。

はっきり言って、絵に描いたような「第三セクター事業失敗物語」です。

約500億円を投じた巨大プロジェクトが、十数年後には

「パチンコ店と安売りショップ」

に化けてしまいました。しかも、マルハンが競売落札に支払った金額は、約14億円でした・・・。

開業の年に、近くを歩いてみると・・・。

私が初めてフェスティバルゲートをこの目で見たのは、1997年、開業した年の秋でした。

友人と二人で、すぐ近くに位置する「新世界」というエリアの「通天閣」に上るべく、JRの新今宮駅から歩いていると、右手に馬鹿でかい建物が見えてきました。

正直、周囲から思い切り「浮いて」いました。

新今宮駅のすぐそばには、今は閉鎖されて解体予定の「あいりん労働者センター」があり、その周りは日雇い労働者が集まる「あいりん地区」でした。

東京の山谷地区と並び日本を代表する、「労働者の街」です。

そういう地域に人工的に造られたフェスティバルゲートの方が、悪目立ちしている感じでした。

我々が近付いて行くと、1階には有名ファストフードの店舗が入居していて、派手な看板が目に入りました。

しかし、道路一本隔てた向かい側には、立ち飲みの酒屋などがズラリと並び、午後2時頃ながら既に客で賑わっていました。

我々は、「ここは、あまり長く続かないな・・・。」と話していました。

その後、訪れる度に寂れ度合いが進み・・・。

その後、実際に内部に足を踏み入れたのは、約3年後でした。

別の所に用事で行ったついでに、フラリと立ち寄ってみました。

もう既に寂れかけていた時期で、中にいる客も非常に少ない印象でした。

驚いたのは、施設の外には結構たくさんいた、日雇い労働者らしき人たちが、誰一人として内部(と言っても、別にドアなどがあるわけではなく、誰でも入ることができました)に入ろうとしなかったことです。

内部にはベンチなどもあり、特に用がなさそうな人(私もその一人でした)が休憩している姿も見受けられました。

「中に警備員の人がいるんで、怒られるのを嫌がっているのかな?」

と思いましたが、施設内に(少なくとも1階には)警備員は一人も見かけませんでした。

それに、元々税金を大いに無駄遣い、もとい、注ぎ込んで造った施設です。

日雇い労働者の人であっても、出入りを断られる筋合いなどありません。

しかし、誰一人入って来る人はいませんでした。

施設が労働者たちを避けているというより、労働者たちの方が施設を避けているという感じでした。

その約2年後に再度訪れた際は、ほとんどのテナントが撤退していました。

昼間だというのに、全く活気がなく、他の客がゼロに近い状態で、何となく怖い雰囲気でした。

その頃に読んだ心霊関係のムック本に、フェスティバルゲートの営業時間終了後、夜中に霊が出るという噂が、近辺で広がっていると書いてありました。

特にそこで事件・事故があったわけではないようですが、

「あそこだったら、出てもおかしくないよな・・・。」

と思ったものです。

最後に・・・。

ちなみに、すぐ横の「スパワールド」は、開業23年を経過した今でも人気で、問題なく営業中です。

やはり、民間企業と第三セクターの経営能力の差は、とてつもなく大きかったんだな・・・と思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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