ボクシングファンの方で、後藤正治さんのノンフィクション「リターンマッチ」をご存知ないという方はいらっしゃるでしょうか?
もしいらっしゃれば、今すぐ古本か電子書籍でお読みいただきたいです。
この本を読まずして
「自分、ボクシングファンです。」
と人に言ったら、嘘つきの烙印を押されても仕方がないでしょう。
2001年(平成13年)に文春文庫(文藝春秋社)から刊行された作品です。
プロではなく、定時制高校のボクシング部が舞台!
ボクシングが題材と言っても、世界チャンピオンを夢見るプロボクサーも、海千山千のジム会長も登場しません。
主人公は、兵庫県のある定時制高校の教師、脇浜義明さん(現在は定年により退職)。
自らボクシング部を創設し、ド素人の部員たちにボクシングを教えていきます。
なぜボクシングなのか?
その答えは、本を読み進めるうちに明らかになります。
教師生活二十数年、「ごんた」がいなくなり「だるい」子が増えた・・・。
脇浜さんは、定時制高校で教え始めて二十数年。
近年、今まではひとクセもふたクセもあった、定時制の生徒の質(学力ではない)が段々変わってきたことに気付きます。
昔は、勉強はからきしダメだがケンカは自信ありというやんちゃ者、関西弁で「ごんた」の生徒が多数いました。
しかし、近年入学して来る生徒の多くが、勉強はダメ、さりとて血の気が多くケンカが強いわけでもない、ひ弱なタイプの生徒でした。
脇浜さん曰く「だるい子」、すなわち無気力な生徒が多くなってしまいました。
そうした生徒たち(男子生徒が多数)と接するうちに、脇浜さんは彼らの共通点に気付きました。
負けることに慣れた生徒たちに「勝つ喜び」を知って欲しい!
それは、彼らが
「負けることに慣れてしまい、勝つことを知らない」
点でした。
複雑な家庭環境に育った子が多いのですが、学校の授業にはついて行けず、かといってスポーツやケンカでエネルギーを発散することもありませんでした。
不良・ヤンキーにすらなれず、「他に行く所がなかったから」定時制高校に進学した生徒は、無気力になってしまう傾向にありました。
そこで脇浜さんは、そうした生徒たちに「勝つ喜び」を知ってもらい、「負けグセ」から抜け出してもらおうと、自腹を切ってまでボクシング部を創設しました。
現実はテレビドラマのようには行かなかったが・・・。
テレビドラマだったら、個性豊かな生徒たちが集まってきて、衝突を繰り返しながらも互いに絆が生まれ、ボクシングの腕もメキメキ上がる・・・。
残念ながらそういう展開にはなりません。
少しずつ部員は集まってきますが、すぐ来なくなったり、サボったり、だらけた態度で練習したり・・・。
脇浜さんは1円の得にもならないのに、真剣に生徒たちと向き合おうとします。
しかし、その熱量は部員たちに伝わらず、空回りが続きます・・・。
脇浜さんも怒鳴ったりキレたりしながら、それでも部室で部員たちを待ちます。
そうしているうちに、徐々にやる気を出し始める部員も現れ、中にはボクシングの素質が少しずつ花開いてくる生徒も・・・。
ボクシングは、自分と向き合うことが最も求められるスポーツ!
これ以上の詳細は、ネタバレになるので書かないでおきます。
しかしこの後も、脇浜さんと部員たちの時に騒々しく、時に静かな闘いのラウンドは続いていきます。
その中で面白い現象があります。
一見「ごんた」そうで、脇浜さんがボクシング部に勧誘するツッパリ生徒ほど、入部どころか見学にも来ません。
反対に、一見ボクシングは無理そうな生徒が、サボらず練習を続け、意外な粘り強さを見せたりします。
どんなスポーツでも、基本は自分と向き合う、特に自分の弱さと真正面から対峙することです。
中でもボクシングは、その姿勢が最も必要となる種目です。
ボクシングを本気でやろうと思えば、その過程は絶対に避けては通れません。
脇浜さんが最初からそれを念頭に置いていらっしゃったのかは不明ですが、「負け続け」の日々を送ってきた部員たちの心に何かの変化を与えるには、結果的にボクシングが最も効果的だったと言えます。
「リターンマッチ」は生徒だけが臨むものではなかった?
本書では、脇浜さんの人生についてもかなり詳しく語られていきます。
勤労学生として大学を卒業。
英語教師として教壇に立つと同時に、組合活動にも熱心に携わり、学校や生徒を思い働いてきました。
しかし、世の中は脇浜さんの思うように良くならず、脇浜さんの心の中にも敗北感あるいは諦めのような気持ちが・・・。
そんな中、ボクシング部を立ち上げ、何の利益にもならないことに熱中する脇浜さん。
部員のみならず脇浜さん自身も、何かに対する「リターンマッチ」にいつの間にか臨んでいたのでしょうか。
世間を騒がせたダメ教師たちに読ませたい!
本書の中で、大変印象に残った言葉を紹介します。
著者の後藤正治さんは、気性が荒いタイプの脇浜さんが、部員を激しく厳しい言葉で叱咤しても、決して手を上げない、つまり体罰を全く行わないことに気付きます。
そして、脇浜さんにそのことを尋ねました。
それに対して脇浜さんはこう答えました。
「だって、殴り返して来られない立場の人間を殴るって、何かカッコ悪いやん。」
今もなお度々問題になっている体罰問題への、ベストアンサーと言えるでしょう。
昨年2019年(令和元年)、兵庫県神戸市の公立中学校で、教師数人のグループが同じ学校の若手教師に、様々な暴行や嫌がらせを繰り返していたことが発覚しました。
マスメディアでも大きく取り上げられ、社会問題となりました。
加害者の教師たち(教師の適性がゼロなのは間違いなし)は、脇浜さんの言葉を聞いてどう思うでしょうか・・・。
最後に・・・。
本書は「大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞しましたが、当然のことと頷ける名著です。
ボクシングファン必読の書であると同時に、教育関係者も絶対に読むべき、優れた「教育書」の一冊であると断言します。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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