以前このブログで
「なぜ演技派を目指す女優は松本清張作品に出たがるのか?」
という記事を書きました。
このブログをお読みの皆様に「松本清張」をご存知ないという方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか。若い世代の方だと、もしかして「誰ですか?」という方がいらっしゃるかもしれません。松本清張(まつもと せいちょう:[…]
昭和を代表する天才小説家
松本清張(1909年〜1992年)
が亡くなって、30年近く経ちます。
しかし、令和の世にあっても、清張作品は全く色褪せません。
今でも文庫本や電子書籍で購読可能であり、ドラマ化もされています。
人間心理の根源は普遍的。清張作品を演じると演技派に?
清張作品は、単なる謎解きサスペンスとは一線を画しています。
作品の根底には、人間の欲望・嫉妬・愛憎などがびっしり敷き詰められています。
時代は変わっても、そうした人間の根源的性質は普遍的です。
かなり古い作品が現代の読者に読まれるのも、それが理由でしょう。
清張原作の映画やドラマに出演する女優は、人間の複雑な心理を表現することを求められます。
それに成功すると、単なる「美人女優」から
「演技派女優」
への足掛かりを掴んでいきます。
当時珍しかった『男性美容師』が主人公!
今回ご紹介する
「夜光の階段」
は、文庫版上下巻で800ページを超える長編です。
1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)にかけて、約1年5ヶ月
「週刊新潮」
に連載されました。
この作品も他の清張作品同様、人間の欲望・打算・狂気・憎悪・上昇志向などが、山盛りにブチ込まれています。
ただ、この作品が異色なのは、連載当時はまだ珍しかった
「男性美容師」
を主人公にしている点です。
日本で「カリスマ美容師」ブームが起こったのは、それから30年ほど後のことです。
清張の着眼点、先見の明には驚かされます。
清張とは無縁のはずの美容業界を舞台に!
主人公が美容業界でのし上がろうと、女性を踏み台として利用していく中で、美容業界や芸能界、マスコミ界の内幕も詳しく描かれます。
当時の清張なら、芸能界やマスコミ界のことはかなり熟知していたはずです。
一方、美容業界については、全くの門外漢だったはず。
清張がこの作品の執筆に際し、綿密な取材を行ったであろうことは、容易に想像できます。
清張とは最も縁遠いはずの世界を、物語の舞台に選ぶあたりは、清張のチャレンジ精神を感じさせます。
若き男性美容師は、女性客を利用して表舞台に!
主人公は26歳の美容師、佐山道夫。
ある美容室の雇われ美容師ですが、腕とセンスは一流です。
独立して自分の店を持つことを夢見ています。
しかしそれには、多額の資金が必要です。
そんな中、道夫は店の常連客である証券会社社長夫人、
波多野雅子
と深い仲になります。
雅子から出資を受け、オシャレな街「自由が丘」に店を出すことができました。
しかし一方では、同じく常連客の雑誌編集者、
枝村幸子
とも関係を持ちます。
そして幸子の紹介で、有名芸能人のヘアメイクを担当。
新進気鋭の若手美容師として、美容界や芸能界でも名が知られるようになります。
一方からは出資金返済の督促、一方からは激しい束縛・・・。
しかし、好事魔多し。
雅子が夫に内緒でやっていた株式投資で、大損失を被りました。
それが夫に発覚します。
穴埋めのために、出資した金の一部を返すよう、道夫に督促してきます。
そして、幸子の道夫に対する束縛も、激しくなっていきます。
窮地に立たされた道夫の次の一手とは・・・?
スリリングな展開、アクの強い登場人物・・・読者は飽きる暇なし!
ネタバレ防止のため、物語の説明はここまでにしておきます。
もちろんこの後も、清張ならではのスリリングな展開が続いていきます。
女を道具として利用することしか考えない道夫はもちろん、雅子や幸子など道夫と関わる女たちも、一癖も二癖もあるアクの強い人物ばかりです。
作品の核となるのは、道夫と女たちを巡る物語です。
しかし、道夫の過去に横たわる闇が発端となり、もう一つの物語が進んで行きます。
東京高検の桑山検事と、東京地検の桜田調査官が、業務外で個人的に調査を始めるのでした・・・。
「週刊新潮」での連載は、約1年5ヶ月という長丁場でした。
途中で読者が飽きる暇がないほどの、様々な仕掛けが随所でなされています。
当時の読者たちは、毎週の発売日が待ち遠しかったに違いありません。
原作では、平凡な容貌の男女という設定!
この作品は、1980年代と2000年代にテレビで連続ドラマ化されています。
1980年代版では
風間杜夫さん
2000年代版では
藤木直人さん
が佐山道夫役を演じていらっしゃいます。
ご両人とも二枚目俳優です。
しかし原作では、道夫はとりたてて美男子でもない
「平凡な容貌」
と表現されています。
道夫を取り巻く女たちについても、ドラマでは美人女優が演じていますが、これまた原作では全くイメージが異なります。
多くの清張作品に共通することですが、あまり美男美女は登場しません。
平凡な男たち、平凡な女たちが欲望やエゴを制御できず、道を踏み外していく話が多いのです。
「夜光の階段」の登場人物たちも、自らそうした流れを創り出し、その中に呑み込まれていくのです・・・。
女性心理の描写も凄い!
清張による女性心理の描写も、実に巧みです。
「恋愛の達人」
とは到底思えない清張ですが、女たちの揺れ動く心、隠された打算、ドス黒い心の闇などを、執拗なまでに描いていきます。
平成〜令和の
「トレンディードラマ」
「ムズキュンドラマ」
に決定的に欠けている要素が、清張作品には満載です。
最後に・・・。
私はこの作品を、4日で完読しました。
読んでいるうちに、時間を忘れてしまうほどのめり込みました。
清張作品と無縁の方々にも、是非お読みいただきたい作品です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。