「市場」を「協同組合」化してオシャレにしたその末路とは?

「市場」と聞くと、皆様は何を思い浮かべられるでしょうか。

普通なら、狭い通りやアーケードの両側に個人商店がズラリと並んでいて、野菜・果物や肉、魚、惣菜などの食品が売られているという光景でしょう。

規模が大きく有名な所となると、関西では京都の錦市場、大阪の黒門市場あたりが挙げられます。

私が小~中学生の頃くらいまでは、日本の至る所に大小の差こそあれ、市場は存在していました。

お店によってはレジすらなく、昔ながらに天井からザルを吊し、そこにお札や硬貨を入れていました。

 

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バブル景気後、市場が形態を変えて『協同組合』に!

しかし、バブル景気を経た1990年代以降、そうした市場の数はどんどん減少しています。

単純に街の活気がなくなり、廃業・倒産するお店が増えて消滅した所もありますが、割と多かったのが、

「協同組合」

に形態を変えてオシャレに生まれ変わったというパターンです。

「協同組合」とは、個人や中小企業者などで共通の目的を持つ人たちが、目的達成のために作る相互扶助組織です。

株式会社などとは異なり、協同組合そのものは利潤を追求しません。

市場で営業している個人商店が連帯して、スーパーマーケットのような形態にして共同運営していく、というイメージで良いと思います。

市場の内部を改装したり、どこかの建物に移転し、名前もカタカナの洒落た名前にするのが定番のようになっていました。

しかし、そうやって業態を変えた所全てが、その後も長きにわたり営業を続けているわけではありません。

 

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実家の近所にあった市場も、競争激化で売上が低下・・・。

私の実家の近所に、「近隣センター」と呼ばれる地区があります。

郊外の「ニュータウン」と呼ばれる地域でよく見られる、様々な商店が集まった地区です。

そこの一角に、上記の「市場」がありました。

ある程度広いスペースに、八百屋、肉屋、魚屋、パン屋などが集まっていました。

各店とも通常の商店街のように独立した感じではなく、簡易な区切りで仕切られたような感じでした。

私が中学生くらいの時期までは、非常に賑わっていました。

ところが、バブル崩壊後の1990年代初めから、市場の活気に陰りが出始めました。

駅前や幹線道路沿いに大型スーパーや酒・食品のディスカウントストアが建ち始め、大手の外食チェーン店なども進出してきました。

その影響が徐々に表面化してきたのです。

 

経営コンサルタントが提案したのは・・・。

その市場もただ手をこまねいていたわけではなく、ある経営コンサルタントを雇い、挽回策を考えてもらうことにしました。

しばらくしてコンサルタントが提案したのは、

「市場の皆さんで協同組合を作り、内装をスーパーみたいにキレイにしましょう。」

というものだったそうです。

ただ、各商店からある程度の出資が必要ということでした。

出資金を出す余裕のないお店や、そもそも協同組合化することに反対しているお店は、他へ移転して営業を続けるか、お店を畳むという決断をすることになりました。

 

協同組合化し、新たな船出をしたものの・・・。

協同組合化に賛成し、かつ出資金を出す余裕のあるお店が参加し、協同組合が設立されました。

そして、名前もイタリア語のかっこいい名前に改められました。

今まで各店ごとにバラバラだった内装も、スマートな感じに統一されました。

パッと見は、新しいスーパーマーケットが開店したような雰囲気でした。

「さあ、これから頑張って、大手スーパーやディスカウントストアに対抗して行こう!」

という意気込みが感じられました。

しかし、物事は参加店舗が期待していた通りには進みませんでした。

今まで人気のあった店舗のいくつかが参加しなかったため、品揃えが悪くなるなどして、全体の目玉的な要素が無くなってしまったのです。

昔からの常連客の足も遠のく結果となってしまいました。

大手やディスカウントストアとの差別化に失敗し、

「普通の品揃えで、これといった特色のない店」

になったのでした・・・。

 

協同組合は破産、その後も・・・。

売上は上がるどころか、年々下降線を辿って行きました。

そして、協同組合化から数年後。

ついには、裁判所へ破産申立を行うこととなりました・・・。

その後しばらくは空き店舗状態となっていましたが、どこかの会社が運営する無名のスーパーが、テナントとして入って来ました。

最初は物珍しさから客もそこそこ集まっていましたが、それも長くは続かず、同様に売上が低迷。

3~4年ほどで閉店となりました。

その後再びスーパーが入ってくることはなく、現在はトランクルームとなっています。

 

母親が、以前市場内のあるお店でパートをしていた!

私はその協同組合の関係者ではありません。

なぜそんなに内情に詳しいのか?

実は、そこがまだ普通の市場だった頃、入居していたあるお店に、わたしの母親が一時期パートとして働いていたのです。

その店の大将の奥さんと母は仲が良く、協同組合化する際に色々話を聞いていたそうです。

そのお店は協同組合には参加せず、他の場所で営業することとなりました。

協同組合化してからの先行きを不安視していたそうです。

また、前述の経営コンサルタントが各店の営業にあれこれ口出ししてきて、それがあまり効果がなかったことに不信感を抱いたのも一因だそうです。

結果的にその判断は正しかったのでした・・・。

 

最後に・・・。

インターネットで調べてみると、全国で同様の事例は時々発生しています。

時代の流れに立ち向かおうとする姿勢は素晴らしいのですが、ただ大手の真似をしてみても、勝つことはできません。

自分たちの個性を失ったことで、かえって客足を遠ざける結果になっては、元も子もなくなります。

これと同じ発想は、あちこちの地方都市の再開発でも数多く見受けられました。

しかし、成功を収めた事例は皆無に近いです。

身の丈に合い、なおかつ独自の強みを生かした変革を行わないと、自らの寿命を縮める結果となってしまいます。

実家の近所の市場が辿った末路からは、そうした教訓を学びました・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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