中学時代、ギター・マンドリンクラブでのあり得ない思い出

皆さんは、中学時代の思い出というものがあるだろうか?

別記事で書いているが、私は中学2年生からの2年間、不登校だった。

1年生の時は、相当嫌な思いをしながらも、耐え忍んで通っていた。

今回はその中でも、まだ笑い話として振り返る事ができる、クラブ活動について語ろうと思う。

笑える話なので、気楽に読んでもらえたら幸いである。

 

今から30年近く前の事であるが、結構よく覚えているものである。

入学してすぐ、クラブの勧誘活動が活発に行われていた。

今考えれば、無理にクラブに入らなくても良かった。

しかし、ほとんどの人が何かのクラブに入っていた為、私もなんとなくで選んだのが、

ギター・マンドリンクラブ

であった。

運動は苦手だったとか、色々選択肢を消していったら、これしか残っていなかったと言って良い。

 

仮入部というのがあり、言わば「お試し期間」というものが1週間くらいあった。

今でもよく覚えている。

音楽室の後ろに、1年生の入部希望者が一列になって座って見学。

先輩(主に1つ上の中2)が華やかに演奏するのを、すごいと思ったのを覚えている。

現にこの1つ上の先輩は実力があり、すごい人達の集まりだった。

数名が音楽推薦(スポーツ推薦の音楽版)で、高校進学をしたほどである。

 

先輩はとても優しく、楽器を触らせてくれ、弾き方も教えてくれた。

仮入部の期間が終わる頃には、

「もうここに入部しよう!」

と希望者みんなが思っていたに違いない。

 

ギターやマンドリンは、吹奏楽とはまた違う楽器で演奏する。

このブログを書こうと思い立ったのも、テレビで「吹奏楽の旅」を見たのがきっかけである。

 

私は経緯を全く思い出せないのだが、ギター担当になることが決まった。

特に理由は無かった様に思う。

各楽器にみんなが割り振られ、自然に決まったのだろう。

 

皆さんはギターと聞いて、どういうイメージを持つだろうか?

バンドのエレキギターなどを想像するだろうか?

私の場合はクラシックギターで、大変地味なものだった。

確かギターのメンバーは6人ほどいたはずだが、みんなが一生懸命音を出しても、

高音で大きなマンドリンの音にかき消されてしまう。

 

6人で弾いてもかすかに聞こえる音。

それが5人だったらどうだろうか?

どういうことか?

私は、ほとんど演奏に参加できなかったのである。

演奏の間、弾いてるふりをしていたのだ。

「エアギター」

今では有名な言葉だが、30年前にはこの言葉は無かったように思う。

 

練習時間の間、私は単音を弾く練習ばかりしていた。

複数の箇所を押さえて弾く

和音

も少しは練習したが、私にはあまりにも難しすぎた。

人見知りの私は、先輩や同級生に相談することすら出来なかったし、しようとも思わなかった。

和音を誰の許可も無く放棄した私は、長時間、単音のパートばかり弾いて時間を潰していた。

 

先輩も顧問の先生も、気付かなかったのかはよくわからない。

しかし、何も言われたことが無い。

演奏会の時も、弾いてるふりだけなので、一人だけ指の位置が違ったのだ。

楽譜をめくるタイミングも当然わからず、隣の人がめくってからめくるという有り様だった。

 

30年経った今、単音を入念に練習したおかげで、ドレミファソラシドはすらすら弾ける。