2022年(令和4年)2月下旬、ロシア軍が隣国ウクライナへの侵攻を始めてから、2ヶ月半が経過しました。
西側諸国の支援を受けたウクライナ軍の奮戦と、ロシア軍の戦略の稚拙さにより、戦闘は長期化しています。
その分ウクライナ国民の被害も拡大しており、状況は袋小路に入り込んでいます。
『遠い国』ウクライナ、しかしサッカーファンには・・・。
私も含めた日本国民の大多数にとって、ウクライナは正直なところ
「遠い国」
です。
「旧ソビエト連邦(ソ連)の崩壊に伴い、独立した国」
という程度の知識しかない人が多かったはずです。
但し、海外サッカーファンの方には、次に挙げる二つのサッカークラブを通して、ウクライナ国旗や地名などを覚えられた方が多いのではないでしょうか。
ディナモ・キエフ
シャフタール・ドネツク
は、共にヨーロッパのサッカー界で確固たる地位にあるクラブです。
ディナモ・キエフは、1990年代にリーグ9連覇!
FCディナモ・キエフ(FC Dynamo Kyiv)
は、名前の通り首都キエフ(ウクライナ語では「キーウ」)を本拠地とするクラブです。
まだ旧ソ連の一部だった1927年に創設された、100年近い歴史を持ちます。
ウクライナ独立後は、ウクライナ・プレミアリーグに所属。
1992−1993年シーズンから2000−2001年シーズンまで、
リーグ9連覇
を達成しました。
欧州チャンピオンズリーグでも、1998−1999年シーズンには
ベスト4(準決勝)
に進出しました。
日本でもおなじみのあの選手もOBだった!
主なOBとしては、
アンドリー・シェフチェンコ(元ウクライナ代表:1994〜1999、2009〜2012)
セルゲイ・レブロフ(元ウクライナ代表:1992〜2000、2005〜2008)
カハ・カラーゼ(元グルジア[ジョージア]代表:1998〜2001)
アンドレイ・カンチェルスキス(元ロシア代表:1988〜1990)
が挙げられます。
シェフチェンコとレブロフは、ディナモとウクライナ代表でツートップを組んでいました。
後にシェフチェンコはACミラン(イタリア)、レブロフはトッテナム・ホットスパー(イングランド)に移籍しました。
カラーゼもミランに移籍、シェフチェンコと一緒にプレーしました。
カンチェルスキスは、1990年代前半〜中盤にマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)で活躍したウインガーです。
シャフタール・ドネツクは、21世紀に13回優勝!
FCシャフタール・ドネツク(Football Club Shaktar Donetsk)
は、ウクライナ東部のドネツク州(ロシア軍との戦闘が激しい地域の一つ)に本拠地を構えるクラブです。
旧ソ連時代の1936年に創設されました。
ウクライナ・プレミアリーグでは、2001−2002年シーズン以降、13回の優勝を誇ります。
2008−2009年シーズンには、ウクライナのクラブとして初めて、
UEFAカップ(現:UEFAヨーロッパリーグ)優勝
を果たしました。
シャフタールOBには、ブラジル代表も!
主なOBとしては、
ドミトロ・チグリンスキー(元ウクライナ代表:2002〜2009、2010〜2015)
ダリヨ・スルナ(元クロアチア代表:2003〜2018)
アナトリー・ティモシュチュク(元ウクライナ代表:1997〜2007)
フェルナンンジーニョ(元ブラジル代表:2005〜2013)
ウィリアン(元ブラジル代表:2007〜2013)
が挙げられます。
ティモシュチュクは、後にバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)でプレー。
フェルナンジーニョはマンチェスター・シティー(イングランド)、ウィリアンはチェルシー(イングランド)に移籍しました。
リーグ戦は中止、外国人選手・監督は一時帰国・・・。
本来なら、2021−2022年シーズンは最終盤のはずです。
しかしロシア軍の侵攻により、2月下旬以降リーグ戦は中断されたままです。
ただ、首都キエフ(キーウ)は大規模な戦闘が収まったため、外国のクラブとディナモが、チャリティーマッチを行っています。
一方、シャフタールの方はサッカーどころではありません。
外国人選手は皆、一時帰国を余儀なくされました。
ルーマニア人のミルチェア・ルチェスク監督も、現在はルーマニアに戻っています。
ディナモもシャフタールも、ウクライナ人選手(大多数は「20〜60歳までの成人男性」に該当)は国外に出られません。
例外として、子供が3人以上いる男性は、国外に脱出できるそうですが・・・。
非常に不安定かつ危険な状況下に置かれています。
ロシアにいるウクライナ人は、複雑な立場に・・・。
そして、ロシアのクラブにいたウクライナ人選手なども、大多数はロシアを離れた模様です。
そんな中、前述したシャフタールOBのアナトリー・ティモシュチュクは、ロシアの強豪クラブであるゼニト・サンクトペテルブルクで、アシスタントコーチを務めています。
ロシアのウクライナ侵攻後も、反対の声を上げることなく、ゼニトに留まり続けています。
それに対し、ウクライナのサッカー界では激しい非難が起こりました。
ウクライナのコーチングライセンスの剥奪、ウクライナで獲得したタイトルの剥奪など、厳しい措置が取られるらしいです・・・。
やはり戦争は、マイナスしかもたらさない・・・。
そうした怒りも分からなくはありません。
しかし、元々ウクライナとロシアは、古くから深い関係を保ってきました。
両国の国民にも、互いに親戚同士という人は多数存在します。
ティモシュチュクにも、そうした個人的事情があるのかもしれません。
こうしたことからも、戦争で得をする人間などほんの一握りで、
大多数の人々にとっては、戦争はマイナスしかもたらさない
という事実を実感します。
最後に・・・。
ウクライナという一つの国と、国民の生命・安全に比べれば、サッカークラブの一つや二つがどうなろうと、取るに足りないことかもしれません。
しかし、ウクライナ国民が復興に取り組めるようになった暁には、人々に娯楽を与える存在として、ディナモにもシャフタールにも残っていて欲しいです・・・。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。