コロナ禍で「お店がつぶれた人」、「雇い止めされた人」のその後は?

時事ネタ(夫)
時事ネタ(夫)

9月に入ってから、なぜか日本中が「浮かれ気分モード」に切り替わり(そういう方向へと誘導された)、休日に外出する人の数が急増しました。

そして、10月に入っても新型コロナウイルスの新規感染者が100~200人単位で推移する東京都が、「GO TO キャンペーン」の対象に加えられました。

飲食産業、観光産業、航空・鉄道産業を支援しようという考え自体は理解できます。

しかし、ウイルス感染再拡大により再び外出規制に動き出したヨーロッパの状況を報道で見聞きするにつけ、政府の前のめり感、「何とかなるだろー!」という楽観主義が思い切り前面に表れている日本の現状に、不安を覚えます。

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既につぶれたお店の人たち、雇い止めされた人たちはどうなった?

テレビや新聞などでは、飲食店やホテル・旅館、旅行代理店などの奮闘する姿が取り上げられ、視聴者や読者は応援したくなります。

しかし、ふと考えてみると

「春先から9月末までで、倒産したり廃業したお店や会社って、結構多いよな・・・。」

という事実に気付きます。

5~6月くらいまでは、客がほぼ皆無の飲食店や宿泊施設、商業施設の様子がニュースなどで映し出されていました。

また、実際に廃業するお店や会社への密着取材もなされていました。

ガラガラだった所は今でも持ちこたえているのでしょうか?

廃業した所のオーナー・社長や、仕事を失った従業員はその後どうなったのでしょうか?

いわゆる追跡取材については、私が観たニュース番組ではほぼゼロでした。

また、派遣・契約社員、パート従業員など非正規雇用の人たちも、ここ数ヶ月の間にかなりの人数が「雇い止め」され、苦境に立たされています。

そうした人たちのその後も、ほぼ忘れ去られた感じになっています。

まるで、コロナ禍で厳しい状況に追い込まれた人たちが、消えていなくなってしまったような錯覚を覚えてしまいます。

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マスメディアも我々国民も、現実を認識していない!

しかし、断じてそんなことはありません。

今現在も、日本全国のあちこちで、今後の見通しはおろか明日の生活の見込みも立っていない人たちが生活しています。

我々のすぐ身近にもいる可能性は十分あります。

ただ我々が認識していないだけなのです。

そして、そういう現実に光を当てるべきマスメディアが、反対にそれを覆い隠し、我々の目を逸らしているだけなのです。

本来はそうした人たちの支援に全力を挙げるべき国や地方自治体も、事実上そういう人たちを置き去りにして、「コロナと経済の両立」の名の下に制限緩和路線を突っ走ろうとしています。

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生き残っている所も、いつまで体力が続くか?

現時点では何とか生き残っているお店や会社も、ほとんどは「明日は我が身」という恐れ・不安を抱えています。

金融機関(特に政府系機関)の融資が一時的に増大したおかげで一息つけた所も、当然ですが次は返済のことを考えなければなりません。

負債は増えたが売上・利益は増えずという状況が続けば、一握りの大手企業を除けば総倒れという事態になってもおかしくありません。

コロナ禍も自己責任、自助努力で乗り越える?

全ての人を救済できないことは、残念ですが事実です。

国などの政策にも限界はあります。

しかし、現在の日本の状況を観察していると、苦境に陥った人たち、またはこれから陥りそうな人たちを積極的に助けようとする、行政の強い意志が感じられません。

以前から一部の政治家や文化人たちが声高に叫んできた

「自己責任」、「自助努力」

という考えが、行政にも浸透してしまっている感じがします。

「行政が手をさしのべるのはここまで。後は自分たちで何とかしなさい。」

という無言のメッセージとでも言うべきでしょうか。

現場と中央の姿勢が大きく乖離している!

現場の最前線で働く公務員には、大変ハードな環境で日々奮闘し、困っている人たちを支援している方々が数多く存在します。

また、NPOなどの民間団体も現状の改善に向けて汗を流し、知恵を絞っています。

しかし、肝心の中央政府や国会が「やる気なし」モードであり、先日までは「解散」、「選挙」の話に夢中になっていました。

また、ハンコが要る・要らないとか、学術会議の在り方を見直すなど、

「今、その話って不要不急だろ?」

と言いたくなる問題でバタバタしている有様です。

そして、オリンピック・パラリンピックについてもまだ未練タラタラで、来年開催を諦めていません。

最後に・・・。

自分のお店や会社を閉めざるを得なかった人たち、仕事を失い衣食住にも事欠く生活を送っている人たちは、今の日本社会にどのような感情を抱いているのでしょうか。

どうしようもないという諦めの気持ちでしょうか?

それとも、怒りの感情を抱く余裕すらない状態なのでしょうか?

こうした社会状況が続いていくうちに、我々も「忘れ去られた人々」の仲間入りして、社会から消え去ったのと同様の状況で、「諦めた」毎日を過ごすことになる可能性は否定できません・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。