「自助努力」で日本「社会」が単なる「集団」に変化?

こんにちは。husband(@kumafumoblog)です。

2020年(令和2年)初めから、世界中が「新型コロナウイルス」により激しく揺り動かされ続けています。

大きな危機に晒された時、人間の本性が明らかになるとはよく言われます。

その言葉通り、各国で暴力や差別といった問題が噴出しています。

コロナ感染者数世界一のアメリカ(何でもNo.1が好きな国です・・・)では、昨年から現在に至るまで

「人種」

「貧富」

「宗教」

などによる差別・暴力から果ては殺人まで、あらゆる後ろ向きの事件が続発し、日本でも大きく報道されています。

日本よりはるかに深刻なコロナ危機を抱えるアメリカでは、今まで

「平等」

という建前で覆い隠されていた

「本音」

が、まるでパンドラの箱から飛び出したようです。

パンドラの箱を開けた張本人である前大統領は、その結果を自分で後始末できなかったため、現在は一アメリカ国民に戻ってしまいました。

 

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日本でも、人間の心の闇が明らかに!

日本でも、昨年からコロナ罹患者や医療・介護従事者などへの

「コロナ差別」

が頻発しており、自粛要請に従わない企業・店舗をバッシングする「自粛警察」まで現れました。

パチンコ店バッシングという、半ば集団ヒステリーのような現象もありました(今ではまるで何事もなかったようにされています・・・)。

また、本来は営業に支障を来して困っている事業者を助ける目的の

「持続化給付金」

についても、暴力団などと関係ない「カタギ」の人間が多数、不正申請・受給を行っていました。

「美しい国、ニッポン」

にあるまじき犯罪行為です。

他にも、せっかく一般のホテルがコロナ軽症患者の療養施設として名乗りを上げてくれたにもかかわらず、無断で抜け出したりスタッフの方々にワガママを要求しまくるなど、

「サムライの国、ニッポン」

にふさわしくない輩たちも続出しました。

外国のことをとやかく批判できない状況となったのは、皆様もよくご存知のはずです。

 

『自助努力』は、今の世の中では思い切りズレている!

そうした社会状況下にあって、現首相が事あるごとに口にする言葉が

「自助努力」

です。

「自分で何とかできる限り頑張って、それでどうにもならなくなったら、行政を頼れ。」

という意味です。

なるほどその通りです。

自らの努力も大切です。

しかし、言うべき時期が思い切りズレています。

今まで普通に、他人の力を借りず自分の力で生きてきた人が、突然日々の生活にも窮して路頭に迷うことが、稀な不幸ではなく

「誰にでも起こり得る事象」

として身近に迫って来ています。

大手企業ですら存続の危機を迎え、コロナ治療に不可欠な医療機関や、我々も決して無縁ではない介護・福祉施設も、多くが経営に苦しんでいます。

多くの人が

「他人の助け」

を必要としており、自分の努力だけではどうにもなりません。

そんな状況下で「自助努力」を強調するとは、間が抜けているにも程があります。

古い流行語ですが、完全に

「KY」(空気が読めない)

としか言いようがありません。

 

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一番影響を被っている若者たちが、『自助努力』を擁護?

しかし、今の日本社会にはそうした発言を批判するどころか、むしろ擁護する人間が意外と多いのには驚いてしまいます。

生活に全く困っていない政治家たちや有名芸能人、文化人コメンテーターなどであれば、内容の是非は別として「自助努力」の肩を持つには納得できます。

しかし、SNSなどでそうした発言が多い傾向があるのには、首をひねる他ありません。

ネット世界、特にSNSでの主流派である若者世代は、このコロナ禍で一番割を食っている世代のはずです。

もっと政治・行政の助けを訴えて然るべきです。

現にそうした悲痛・切実な声も多く見られ、テレビ・新聞などでも報じられています。

それでもなお、コロナ禍での生活苦を

「他人事」

と捉えている若者が多いように感じます。

 

『セルフサービス』的な社会って?

確かに、日本政府の無能・無策ぶりをここまで見せつけられては、

「頼れるのは自分だけ。」

「他人を当てにせず生きていく。」

といった「一匹狼」的な人生観を持つ若者が増えても仕方ありません。

若い世代だけではなく中年~老年世代でも、

「自助努力『せざるを得ない』。」

と覚悟を決めている人は多いです。

しかし、ここまで各人が

「セルフサービス」

的な生き方を迫られる社会というのは、間違いなく

「何かがオカシイ」

と思います。

 

『社会』が単なる『人間の集団』になる?

我々は日頃から

「社会」

という言葉を当たり前のように使っています。

各人が法律やマナー・常識などの規範を守りながら、いざという時には助け助けられしながら生きているのが「社会」の真の姿のはずです。

社会という枠組みを守る要の役割を果たすのが、政治・行政です。

しかし、政治のトップがその役割を軽視し、我々一般人もその役割を当てにしなくなったら、世の中はもう「社会」ではなく、ただの

「人間の集団」

と化してしまいます・・・。

 

最後に・・・。

世界一の超大国アメリカが「合衆国」から

「民衆の集まり」

へと変貌しつつありますが、日本も無意識的にアメリカの真似をしようとしています。

「美しい国、ニッポン」

が、たかだか建国200年ちょっとの国に追随して、社会の形まで変えてしまっては、絶対にいけないのですが・・・。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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