ジャズ(Jazz)
がアメリカ発祥の音楽であることは、言うまでもありません。
南部のニューオーリンズは、ジャズ生誕の地として有名です。
東部のニューヨークは、世界中のジャズ・ミュージシャンが憧れ、成功を夢見てやって来る
「聖地」
です。
ジャズは、アメリカが世界に誇る文化の一つだと言っても、過言ではないでしょう。
しかし、20世紀半ばの1950年代~1960年代頃までは、実はジャズは本場アメリカではさして評価されていなかったことを、ご存知でしょうか?
ジャズは『酒場の音楽』、『黒人の音楽』として低く見られていた?
1950年代と言えば、日本はまだ戦争の傷痕が残っており、復興に誰もが必死だった頃です。
同じ頃アメリカでは、21世紀の今なお聴き続けられるジャズの名盤が、次々と録音・発表されていました。
1960年代に入り、ジャズ文化が一気に広まった日本では、本場アメリカのジャズ・プレイヤーたちはある意味
「憧れ」
「尊敬」
の対象だったと聞きます。
ところがアメリカでは、それまでジャズは
「酒場で聴く音楽」
「酒やダンスの添え物」
的な地位だったと聞き、驚いてしまいました。
当然白人のジャズ・ミュージシャンもいましたが、やはり大多数は黒人ミュージシャンでした。
当時アメリカで今よりもっと露骨に行われていた人種差別も、そうしたジャズへの認識に影響していたのでしょう。
ジャズの歴史に輝く偉大なミュージシャンたちも、その能力や実績に見合った待遇ではなかったそうです。
アメリカを離れ、ヨーロッパで活動する人が増えた!
1960年代になると、フランスや北欧を中心としてヨーロッパでも、ジャズが音楽の一ジャンルとして確固たる位置を占め始めます。
そんな中、アメリカの著名ジャズ・ミュージシャンがヨーロッパに活動の拠点を移す、というケースが増加しました。
自分たちの音楽を正当に評価してくれ、ライブハウスやツアーでの演奏機会も多い場所へと移動するのは、プロとしては当然です。
また、ヨーロッパでも残念ながら人種差別は存在しましたが、当時のアメリカよりははるかにマシだったという事情もあったようです。
ピアニストのバド・パウエルやテナー・サックスのデクスター・ゴードンといった大御所も、そうした一例です。
アメリカに留まったミュージシャンも、ヨーロッパ各国でツアーを実施!
アメリカ国内を本拠としていたミュージシャンでも、ヨーロッパ各地をツアーで回る人・グループは多かったのです。
CDショップでジャズのコーナーに行くと、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンなどの超大物のライブ録音盤が多数売られています。
中でも、フランスやイタリア、ドイツ、オランダやスウェーデンなど、ヨーロッパ各国でのツアーを音源とするアルバムが、かなり多いです。
本国アメリカとは違い、ヨーロッパでは彼らが
「音楽家」
「芸術家」
として扱われていた証拠と言えます。
日本にも大物ジャズメンが多数来日!熱狂的な歓迎!
そして、日本でも同じく1960年代にはジャズ・ブームが到来。
いわゆる「ジャズ喫茶」を中心として、全国に「ジャズ文化」が浸透していきました。
マイルスやコルトレーン、ドラマーのアート・ブレイキーなど大物たちのグループが、次々と来日してライブを行いました。
空港にまで出迎えのファンが多数詰めかけ、大きなコンサート会場が満員になる状況に、彼らが驚きかつ感激したことについては、様々な書籍で言及されています。
日本でもヨーロッパ同様、当時のアメリカほど人種差別(黒人に対して)はなかったので、そうした点もジャズメンたちの好印象を得たようです。
アート・ブレイキーを始め、親日家となった人が多かったそうです。
自国の文化・芸術の良さは、意外と分からない!
ジャズに限らず、自国ではあまり評価されなかった文化・芸術が、外国で高く評価される例は時折あります。
例えば日本の浮世絵は、明治時代初期には完全に廃れ、輸出用の陶磁器などを包む包装紙代わりとして使われる有様でした。
しかし、ヨーロッパではその包装紙に描かれた絵が大評判となり、ヨーロッパ美術・絵画界にも多大な影響を及ぼしたことは有名な話です。
また、映画監督の小津安二郎も、戦後の高度成長期には作品が過小評価され、一時は忘れ去られかけていました。
しかし、ヨーロッパでは小津映画の芸術性が高く評価されました。
ドイツの著名監督ヴィ厶・ヴェンダースのように、小津ファンであることを公言する映画関係者も多数存在します。
一方、音楽の世界では、QUEEN(クイーン)やMR.BIG(ミスター・ビッグ)など後に世界的スターになるグループが、ヨーロッパやアメリカより先に日本で人気に火が付いたという例もあります。
近くにあるものほど、本当の価値に気付きにくいということでしょうか。
最後に・・・。
インターネットの普及により世界が
「グローバル化」
に傾いている中、世界中が一つの同じ価値観(特に「アメリカ的」、「英語圏的」)に単一化・均一化されようとしている点は、非常に危険です。
一方で、世界中の様々な異なる文化を、昔よりはるかに簡単に知ることができるという、良い点もあります。
各国が互いの文化の良さをどんどん称賛し合うのは、素晴らしいと思います。
それと同時に、自分たちの文化の良さを再発見していければ、真の意味での「グローバル化」に近付けるのではないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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