皆様は
ジャック・ロンドン(Jack London:1876年〜1916年)
というアメリカ人作家をご存知でしょうか?
犬が主人公である代表作
「野生の呼び声」(The Call of the Wild:1903年)
「白い牙」(White Fang:1906年)
の著者として名前を知っている、という方も多いでしょう。
小説家として名声を得た人物ですが、あるルポルタージュ作品を執筆、発表しています。
「どん底の人びと」(The People of the Abyss:1903年)
という作品です。
ロンドン東部の貧民街で生活した『潜入ルポ』!
著者のロンドンは1902年(日本では明治35年)の夏、イギリスの首都ロンドンに向かいました。
そして、イースト・エンドの貧民街(スラム街)に6週間滞在します。
その時の体験を綴ったのが本書です。
古着屋でボロ着一式を買い揃え、
「アメリカ人の水夫だが、一文なしで帰国できない浮浪者」
に扮します。
そして、浮浪者収容所(と言っても、一晩泊めてくれるだけ)や給食所(救世軍が運営し、いわゆる炊き出しを行っている)の列に並びます。
あるいは、寝る場所が見つからず、ロンドンの街を一晩中彷徨い歩きます。
そうした中で様々な人たちと出会い、話を聞きます。
同時に、今まで想像もしなかった場面や光景を目の当たりにします。
現在で言うところの
「潜入ルポ」
です。
途中でリセットしないと、潜入を続けられない!
とは言っても、ジャック・ロンドンは6週間の間、常に浮浪者として過ごしていたわけではありません。
体も心もクタクタに疲れ切った時は、借りていた下宿に逃げ帰るのです。
そうやって自分を一旦リセットし、再びイースト・エンドの街へと戻って行きます。
「それじゃ、本当の潜入ルポではないのでは?」
と思われるかもしれません。
しかし本書を読み進めていくと、読者の側でも
「こんな大変な街で過ごしてたら、1週間も持たずに逃げ出したくなるよな・・・。」
と思わざるを得ません。
20世紀初頭とはいえ、
「本当にイギリスの、それも首都で起こっていることなのか?」
と言いたくなる強烈なエピソードが、次から次へと出てきます。
一日中働いても、苦しく不安定な生活・・・。
貧民街と一口に言っても、皆が働かずブラブラしているわけではありません。
むしろその反対で、朝早くから夜遅くまで働き詰めの人も多いのです。
しかし賃金があまりにも低いため、生活はまさにカツカツの状態です。
もし事故や病気、失業などにより働けなくなったら、たちまち人生に行き詰まってしまいます。
家族連れなら、一家離散や無理心中です(文中でも、そうした例が出てきます)。
単身者でも、宿無しの浮浪者となり、
「死んだ方が幸せ」
と思うような境遇に陥ります。
不景気ともなれば、生活が破綻してしまう人の数は急増します。
ジャック・ロンドンが滞在した後の冬には、イギリスの景気は悪化したそうです。
20世紀初頭の英国は、社会福祉制度が貧弱!
1902年当時のイギリスでは、まともな社会福祉制度は機能していなかったようです。
浮浪者収容所や救貧院、給食所、生活保護くらいが、かろうじてセーフティーネットとして存在していた感じです。
しかしそれとて、質・量ともに全く不十分でした。
そこからもこぼれ落ちてしまう人々が、大変多かったのです。
21世紀の現在も、同じような状況が・・・。
当時イギリスはまだ、世界で最も豊かな国の一つでした。
しかし、首都ロンドンや他の地域・都市でも、貧困は拡大を続けていました。
それを阻止しようとする、国の政策も実施されなかったようです。
ここで
「何か、こういう国ってどこかで聞いたような・・・。」
と気付きませんか?
そう、21世紀現在のイギリスや、日本なども似たような状況にあります。
さすがに本書で描かれたような場所こそない(はず・・・)でしょうが、貧困はますます拡大しています。
どこの国の政府や行政も、言うことだけは立派です。
ですが、貧困を抑制しようという積極的な政策は、多くの国で未だお目にかかりません。
むしろ目をそむけて、そうした現実を見ないようにしているのでは?とさえ思えます。
本書で描かれた時代から120年が経過しても、社会の形はさして変わらないままです・・・。
『他人事』ではなく、自分が『どん底』に落ちるかも?
2022年(令和4年)11月現在、世界各国でインフレ・物価高が進行しています。
外国のニュースを見聞きしても、やはり社会的・経済的弱者の人々が、その影響をモロに食らっています。
生活必需品は、出費を削るにも限度があります。
減りこそすれなかなか増えない収入から、何とかやりくりするのは至難の業です。
日本でも、そういう人の数は確実に増加しているでしょう。
私も含めた多くの人は、まだ
「他人事」
として受け止めがちです。
しかし今の日本では、何か一つ歯車が狂えば、
「どん底」
に落ちていくのはあっという間です。
昔のイギリスの社会福祉制度を、バカにできる立場ではありません。
最後に・・・。
初めに書いた本書の原題
「The People of the Abyss」
の「abyss」[əbís(米国英語)]は、大修館書店 ジーニアス英和辞典によると
「底知れない割れ目、深淵:巨大な(暗黒の)空間:[比喩的に]どん底:地獄、奈落」
という意味を持ちます。
本書を読み終われば、「Abyss」という言葉が決して大げさではないことを実感します。
興味をお持ちの方は、ぜひご一読ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
興味がございましたら、こちらもお読みください。
この記事のタイトルをお読みになり、「これはどういう意味だ?」、「誰の言葉だ?」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。この言葉は私のオリジナルではありません。プロイセン(現ドイツ)の思想家・経済学者カール・マルク[…]
皆様は横山源之助という人物をご存知でしょうか?明治時代後期に活躍したジャーナリストです(1871年(明治4年)~1915年(大正4年))。下層社会、すなわち貧困層の現状を題材としたルポルタージュ作品を数多く残しています。[…]
先日、「7つの階級 英国階級調査報告」(マイク・サヴィジ著、東洋経済新報社)(function(b,c,f,g,a,d,e){b.MoshimoAffiliateObject=a;b[a]=b[a]||fun[…]
2021年(令和3年)9月現在、日本に住んでいる人たちに「日本は先進国ですか?」という質問をすれば、大多数の人は「日本は先進国だ。」と答えるでしょう。中国に追い抜かれたとは言え、世界有数の経済大国とみ[…]